陸上界で突然のオファーに「なんで私?」 異色タッグ結成の秘話…女子マラソンレジェンドが400m日本一に打診
マラソンのレジェンドからまさかのオファー
寺本が千葉さんから「指導をしたい」とオファーを受けたのは、昨年の日本選手権の少し前だった。最初は「なんで私なんだろう。私は短距離なのに」と思ったという。
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「大学の先生を通じて連絡をいただいたのですが、卒業後に千葉さんのもと(千葉県)で練習して、将来的には800mで世界を目指そう、というお話でした。私は千葉さんのことは存じあげなかったのですが、陸上競技をしていた両親はよく知っていて、すごい方だと教えてもらいました。所属する会社のことや、どんな環境でトレーニングをしていくかなどが書かれた資料を送っていただき、日本選手権のときに初めてお目にかかりました」
寺本は中学時代に全国大会の200mで5位に入賞していたが、高校時代は体調不良になることが多く、新型コロナの後遺症にも苦しめられた。兵庫県の滝川二高は強豪校として知られた学校だが、寺本は個人種目(当時は200m中心)で全国大会に出場することができなかった。
天理大入学後に400mにも出場し始めたが、記録は1年時が57秒93、2年時が58秒71。各年の日本リストで100位に入ることもできなかった。3年時の後半で記録を伸ばしたが、56秒39はその年の日本125位に過ぎなかった。
しかし4年時の昨シーズン、誰もが驚く成長を見せた。4月に54秒57と自己記録を2秒近く更新すると、4月下旬の日本学生個人選手権に54秒03で優勝した。5月の木南記念で2位になったときに53秒台(53秒70)に入ると、7月の日本選手権に53秒14で優勝したのである。
日本選手権で会った後も寺本と千葉さんは連絡を取り合い、8月に天理大近くのカフェで面談したが、すぐにオファーを受諾する気持ちにはならなかった。
「千葉さんのオファーの前から、卒業後も続けたい気持ちがありました。自分がどこまでいけるのか、試してみたかったんです。でも800mは、やったことはなかったですけど、どう考えてもキツそうで。関西を拠点に続けたい気持ちも強かったですし」
大学院も進路の候補としてあった。
「2年後にまた新しい環境を探さないといけないのですが、大学院なら学生時代と同じ環境で競技ができますし、友人も進学する予定でした。それに対して千葉さんの示してくれた環境は、当時の自分にはイメージできないこと、抵抗があることばかりでした。しかし千葉さんは世界で戦われた方。世界で戦うための知識を身につけたい、という気持ちも強くなってきましたね」
寺本に世界で戦う意志があったことが、千葉さんと一緒にやっていくことを決めた要因の1つだった。そして最終的に決断した理由は寺本に、「苦労する方を選んだ方が後悔しない」という考えがあったことが大きかった。
昨年9月には正式に千葉さんに返事をして、異色の師弟コンビが誕生した。
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