田中希実はなぜアジア大会5日間で別人級に変われた? イップス克服、最後に出た59秒6…父も驚いた「全身全霊、最高のラスト」

アジア大会3種目出場が田中の転換点に
田中コーチはアジア大会の3種目を「1つのレースのように、起承転結もつけて駆け抜けてほしい」と考えていた。
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10000mはラスト1周のタイムに不満が残ったが、ラスト2周は合格点だった。1500mは良いところがなかったが、5000mで自身最速のラストスパートを見せた。勝つ確率が一番高いと予想していた1500mなど、全体的にもう少し良い成績も期待していたが、最後の5000mを最高に近い走りができたことで“1つのレース”のような3種目になったのではないか。
初めて日本代表として10000mを走ったことについては、「もう少し精度が上がれば、バットクレッティを教科書にできる」と、田中コーチはイタリア人メダリストを比較対象に挙げた。N・バットクレッティ(イタリア)は10000mで2024年パリ五輪、昨年の東京世界陸上と2年連続銀メダルを獲得した選手。「10000mに取り組み始めて5000m、1500mの走力も上がってきた選手です。スタミナ系を研くことで、ラスト200mも速くなりました。田中は当初、10000mに抵抗を感じていましたが、今はそれがなくなっています」
今年3月には名古屋ウィメンズマラソンのペースメーカーを、15kmまで務めている。
ラストスパートの能力向上については、イップスの克服が大きかったが、スプリント能力を発揮するコツをつかんだことも影響した、と田中コーチは見ている。
「この1年で体幹トレーニングもしっかり行い、筋力のベースができてきました。しかし筋肉の使い方がわからず、どう動かせばいいかを半年間、試行錯誤せざるを得ませんでした。何度も失敗しましたが、9月に入ってコツをつかみましたね。何もかも、つながった感じがします」
その成果で9月13日には、全日本実業団陸上の800mで2分02秒18と5年ぶりの自己新を出したが、田中自身は1分台も狙っていた。苦手としてきた短い距離の走りが、見違えるように良くなったことを自覚できていたのだろう。その裏付けがあったから、アジア大会5000mのラスト400mから200mまでを、28秒2で走ったヤヴィに食い下がることができた。
田中の自信が以下のコメントにも表れている。
「ヤヴィ選手はラストをパッションで走っているように感じました。海外選手にはフィジカルや気持ちで走る選手が多いと思います。それに対して自分は技術で走ります。技術で走ることを来季につなげたい」
U20時代から日本代表として活躍し、2021年の東京五輪1500mで8位入賞を達成してからは、海外転戦や海外合宿を繰り返し、あらゆる手を尽くして強化をしてきた。だが2023年世界陸上5000mの8位を最後に五輪&世界陸上の入賞ができていない。その田中が、世界と戦うための新たな方法を見つけたようだ。
田中コーチもラストの走り方で、田中自身と同じように来季以降へ手応えを感じている。
「10000mで見せたラスト2周の走りと、5000mのラスト1周の走りを同一レースでできたら、世界トップ選手と渡り合うことができます。アジア大会3種目に出場したことで、初めてこういう持って行き方ができました。身につけるところまでは至っていませんが、一度経験をしたことで、次のステップへ進むことができると思います。金メダルまでは難しいかもしれませんが、金以外の色のメダルを目指す準備には向かっていけます」
ラストスパートの強さを確認できただけでなく、距離を伸ばすことへの可能性も広がった。アジア大会の3種目挑戦が、苦しみ続けてきた田中の転換点になりそうだ。
(寺田 辰朗 / Tatsuo Terada)
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