「何度も折れたし、諦めた」選手生命の危機から復活 西武・森脇亮介、知られざる雌伏の4年…それでも前に進める理由
プロ野球・西武の森脇亮介投手は今季「右上腕動脈閉塞症」を克服して3年ぶりに1軍のマウンドに戻ってきた。利き腕に血が通わなくなるという選手生命の危機を乗り越え、リリーフで奮闘している。そして森脇にはこれ以前にも、社会人野球で過ごした“雌伏の4年間”があった。苦難に見舞われても、決して折れることなく前に進めるのはなぜなのか。壁だらけだったという社会人時代を聞いた。

今季「右上腕動脈閉塞症」から復活…実はプロ入りを待ち続けた超遅咲き
プロ野球・西武の森脇亮介投手は今季「右上腕動脈閉塞症」を克服して3年ぶりに1軍のマウンドに戻ってきた。利き腕に血が通わなくなるという選手生命の危機を乗り越え、リリーフで奮闘している。そして森脇にはこれ以前にも、社会人野球で過ごした“雌伏の4年間”があった。苦難に見舞われても、決して折れることなく前に進めるのはなぜなのか。壁だらけだったという社会人時代を聞いた。
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「何度も心は折れてますよ。折れてますし、諦めましたね」
森脇は日大を卒業後、2015年から4年間セガサミーでプレーした。大卒の社会人野球選手は2年が経ったところで、プロ野球のドラフト指名が解禁になる。そしてこの節目を過ぎると、指名の確率はガクッと落ちる現実がある。野球選手のピークは20代後半と見られており“25歳の壁”が厳然と存在する。森脇はプロ入りまでまっすぐ突き進んだのかと言えばそうではない。試行錯誤に失敗もあった。当時の思いを聞くと、返ってきたのが冒頭の素直な言葉だ。
日大時代は東都大学リーグの2部が主戦場だった。もちろんプロ野球選手になりたかったが、声がかかるような成績を残していないのもわかっていた。4年生の夏に届いたのが、セガサミーの練習に参加してみないかという誘い。千葉県船橋市の合宿所から、東京都八王子市のグラウンドまで、リュックを担いで電車で向かった。
「シートバッティングに投げたんですけど、監督の初芝(=清、元ロッテ)さんにその場で『うちでやるか?』と言っていただいて。もう『お願いします』という感じで決まったんです」
当時の森脇は、ストレートが最速146キロ。制球は悪くないが、変化球はカーブとスライダーという普通の投手だった。身長174センチ、体重66キロと、体格に秀でていたわけでもない。プロに進むには何かはっきりとした特徴が必要だとはわかっていた。
「球速を上げれば、プロに行けるんじゃないかと思ったんです。とにかく球速がまず一番大事かなと」
1年目、中継ぎから登板機会が少しずつ増え、都市対抗野球の1回戦では先発を任された。相手は王子。チームは0-1で敗れたものの、4回1/3を無失点。そしてスコアボードに「150km」が出た。
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