「何度も折れたし、諦めた」選手生命の危機から復活 西武・森脇亮介、知られざる雌伏の4年…それでも前に進める理由

今も武器にする「魔王フォーク」が生まれた日
1月からチームに合流して、半年ほどで出た成果。要因は何かと考えると「野球に触れる時間が圧倒的に増えた」ことに行きつく。大学時代は通学に往復3時間かかり、夕方に2時間ほど練習できるだけという日々。「1日野球できるのって土日くらいですからね。やっぱり授業があったりとかで」。社会人ではウエイトトレーニングにも本格的に取り組み、パワーも技術も上がっているのを感じた。プロへの道もかすかに見えた。
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「このまま行けば……とは思いましたけど、そのまま行かなかったんですよ」
先発の核となった2年目、チームは都市対抗の予選で敗れてしまう。森脇は補強選手としてNTT東日本に加わったものの、秋のドラフトで指名はなかった。心のうちはだんだん「無理だよな」という色に染まっていく。「悪くはないけどな…っていう言葉の『けど』がずっと引っかかって。まだ武器というか、光るものがない状態だったんです」。そしてチェンジアップなど持ち球を増やし、もう一度勝負しようとした3年目は、投球のバランスを崩して登板機会が激減。オフになると、現役引退を意味する「上がれ」という言葉を、いつかけられるのかと怯えていた。
「選手はやっぱり、使われ方で感じ取ってしまうんですよ。覚悟したほうがいいのかなと。結果的に残してはもらえたんですけどね」。夢だったはずのプロ入りも「もう無理だ」と現実的に考えられなくなっていた。
ここで転機となったのが、当時投手コーチだった吉井憲治氏との「お前の一番魅力的な球は何だ」という話し合いだった。結論は一つ。「変化球に逃げるんじゃなく、真っすぐを打たれてダメなら仕方ないと思えるくらいにならなきゃ」。さらに組み合わせるために覚えたのが、現在も武器にしているフォークボールだ。「昭和的な練習、めちゃめちゃやりましたよ」といたずらっぽく笑う。
ボールを深く挟めるように、用意されたのは一升びん。「ちょっと水を入れて、ガバっと人差し指と中指で挟めるところまで挟んで、そのままガーっと、水が泡立つくらいまで振るんです」。さらにコーチからは「いいお酒のびんじゃないとダメだと言われて……」。用意されたのは高級焼酎「魔王」の空きびん。屋内練習場の一角で、振り続けるのが日課になった。
「それをみていた周囲から『魔王フォーク』って言われるようになって。自分でもなんかカッコいいなと思ったんです。若気の至りというか……。ただ遊び心を持ちながらやれたので苦でもなく、思い切り自分と向き合えたんでしょうね」
迎えた4年目。プロへ行きたいという思いは正直、薄れていた。その中で都市対抗本戦に進出し、NTT西日本との1回戦では9回4安打、12奪三振で完封。チームも初の4強進出を果たした。東京ドームでの4試合中3試合に先発する大黒柱として、もはや“私心”はなかった。「セガサミーを勝たせられた。やっと勝てたというのが本当に大きかったんです」。そうして迎えた秋、待ち続けた言葉がチーム関係者から届く。
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