プロの半年で「大学4年分以上投げました」 上智大から初のNPB…正木悠馬が“脱・独学”で知った本当の自分
昨秋のプロ野球ドラフト会議で、異色のキャリアを歩んできた選手が西武の育成6位指名を受け入団した。米国の高校を卒業し、難関校の上智大から初のプロ野球選手となった正木悠馬投手だ。チーム合流から半年が経ち、その後どうしているのか。感じた自身の変化や、明らかになった事実を聞いた。

西武で過ごした6か月…陥った「悪循環」からの脱出
昨秋のプロ野球ドラフト会議で、異色のキャリアを歩んできた選手が西武の育成6位指名を受け入団した。米国の高校を卒業し、難関校の上智大から初のプロ野球選手となった正木悠馬投手だ。チーム合流から半年が経ち、その後どうしているのか。感じた自身の変化や、明らかになった事実を聞いた。
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上智大時代の正木がプレーしていたのは、主に東都大学リーグの3部。注目を浴びるのが難しい場で投げ続けてきた。ただ最速153キロの剛腕がいるとの噂はNPBスカウトの間を駆け巡り、他の部活と共用するグラウンドに複数球団が足を運んだ。正木も就職活動を春でやめ、プロ入りにかけた。「ちゃんとしたところでやってみたいんです。もっとできるんじゃないかという、自分自身への興味が強くて」というのが大きな理由だった。
高校は、米ワシントン州のレドモンド高で過ごした。地域の公立高校で、野球だけでなく野山を駆けるクロスカントリーなど、様々な種目に取り組んだ。野球一本にかける日本の同年代とは対照的な学生生活だった。野球の技術は、インターネットにあふれるようになった技術動画で学び、自分のものにしてきた。正木にとっては、独学で学んできたことの“答え合わせ”ができるのがプロ野球という場だった。
初めてプロで送るシーズン。ここまで3軍を主戦場にリリーフでの登板を重ねている。7月15日には初めて2軍に“昇格”し、巨人戦に登板。1回を無失点に抑えた。プロの世界でも気づきと改善を繰り返してきた成果だった。
1月の新人合同自主トレからキャンプまでを「本当に好きなようにやらせてくれたんです。あまり指導もされずに。あえて言わなかったのかなと今では思います」と振り返る。果たしてシーズンに入ると課題があらわになり、やり方を変えたほうがいいことに気付かされた。
3月、4月と、思うように体を動かせない時期が続いた。毎日のように練習と試合が続く環境は、正木にとっては初めてだった。「やっぱり体を効率よく使わないともたないんです。大学の時は練習量も少ないし、試合もそんなにない。体力をそこに100パーセント注ぐ感じでやっていたので、あまり重視していなかった部分でした」。常に100の力を出すことがすべてではないと痛感した。
「焦って力に頼ろうとして、力んでどんどん悪循環になっていたんです」。すかさず、救いの手が差し伸べられた。投球フォームの動きをシンプルにする方向へと見直したのだ。同じパワーを、7~8割の力で出せるようにするのが目的だった。
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