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バレー日本の“お父さん” 7年ぶり代表復帰、深津英臣が痛感した「気持ち強くても技術がなければ」

「気持ち」だけでは通用しない――。挫折を通して痛感したベテランは技術を磨き、返り咲きを果たした。

公開練習で笑顔を見せるバレーボール男子日本代表の深津英臣【写真:鉾久真大】
公開練習で笑顔を見せるバレーボール男子日本代表の深津英臣【写真:鉾久真大】

アジア選手権に向けた公開練習で取材対応

「気持ち」だけでは通用しない――。挫折を通して痛感したベテランは技術を磨き、返り咲きを果たした。

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 バレーボール男子日本代表のセッター・深津英臣、36歳。約7年ぶりにA代表に戻ってきた司令塔を復活に導いたのは、たゆまぬ研究と努力だった。

 ◇ ◇ ◇

「なんか『お父さん』みたいに言われることが多くて」

 最年長の深津は、代表での現在の立ち位置をこう表現して笑う。

「この間、ご飯行ってる時に誰かに言われたんですよ。その時は『あ、そうなの?』みたいな感じでちょっと流しちゃったんですけど」

 食べ物を取り分けるわけでもない。「何もしてないですよ。ただ座ってみんなのことを見てて……。後輩が取り分けてくれます(笑)」。“お父さん扱い”を受ける理由を「まあ、どこに行っても全体を見ている感じに見られているのかもしれないですね」と自己分析した。

 初めて代表入りしたのは2013年。「僕、もっと違うキャラだったので、若い頃は。テレビで踊ったりとか、そういうキャラだった」と懐かしそうに振り返る。

 2015年には正セッターの座を掴み、ワールドカップでも手応えを得た。しかし、直後にバレー人生に大きな影響を与える挫折が待っていた。今から10年前の2016年。リオ五輪の出場権を懸けた最終予選だ。

「本当に何も覚えてないですよ。それぐらい自分がいっぱいいっぱいになって、自分が潰れて。『うわ、俺全然自分のプレーできてないじゃん』ってずっと思いながら大会終わっちゃったんで」

 何もできなかった。悔しい。情けない。2勝5敗で7位に終わり、五輪の切符を逃した。「ここで結果を残せないんだ。ここで自分のプレーができないんだ」。不甲斐なさはなかなか消えてくれない。2017年には代表キャプテンも務めたが、2018年の世界選手権は代表落ち。その後も落選が相次いだ。

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