陸上界に現れた152cmのニューヒロイン 激闘7日間の記憶…“4つの2位に涙”から“進学校で日本一”まで

一つではなかった全国までの道のり
全国までの道のりも、一つではなかった。
県屈指の進学校・宮崎西で学ぶ高城昊紀(3年)は、男子110メートル障害を制した。直後に明かしたのは、医学部を目指して受験勉強に専念するため、陸上から一度離れる決断。怪我に苦しんだからこそ、将来はスポーツドクターを志す。
男子100メートルを制した松下碩斗(静岡2年)も、県内屈指の進学校「静高」に通う。「勉強をする時は100%で勉強に集中して、陸上をやる時は100%で陸上に集中する」。高校最速になっても目標タイムすら定めず、自分の走りも性格も冷静に見つめていた。
文武両道の形は、それだけではない。
福岡公立御三家のひとつ、修猷館の本村優太郎(3年)は、腰の怪我を抱えながら男子100メートルで全国に立った。学業では学年8位。医学部進学の先に「でっかい発見をしてノーベル賞」という夢を描く。松本深志の栗岩蓮(3年)は、物理で科学甲子園、800メートルでインターハイと、まったく違う2つの舞台で「全国」を経験した。
走ることと、学ぶこと。どちらかを諦めるのではなく、それぞれが自分なりの両立の形を見つけていた。
置かれた環境と向き合った選手もいる。
長崎・五島列島の福江島からやってきた戸川良汰(五島3年)は、大会のたびに船で3時間以上かけて本土へ渡った。
「『離島だから』というハンデを認めたくなかった」
帰りの船ではレース映像を見返した。島の山を走り、砂浜も練習場所にした。足りないものを数えるより、今あるものを使った。初めてのインターハイでは男子400メートル障害の決勝までたどり着いた。
走ることそのものを取り戻した高校生もいる。
長野梨心(大分雄城台3年)は1年前、バセドウ病を発症した。階段を上るだけで息が切れ、体重は5キロ以上減少。病院のベッドで「陸上を辞めよう」と何度も涙を流した。
家族や周囲に支えられて復帰。最後の夏、女子4×400メートルリレーで県新記録をマークし、全国6位に入った。
北海道高等聾学校の池田悠真(3年)は、生まれつき聴覚障がいがある。
「小学生の時は、全然喋らなくて。ずっと無言でした」。人との会話に引け目を感じていた少年を変えたのが、中学から始めた砲丸投げだった。
「聴覚障がいなんて、関係ない。自分から動かないと何も始まらない」
最初で最後の全国は予選敗退。それでも、陸上は一人の高校生の人生を動かした。
遠いアフリカから日本へやってきた高校生もいた。
男子5000メートルを大会新で制したボイ・ビリス(札幌山の手2年)、女子3000メートルで優勝したミリアム・ジェリ(仙台育英3年)らケニア人留学生。15歳で親元を離れ、言葉や文化の違いと向き合ってきた。
「一番難しいのは言語」とビリス。異国での生活で、仲間と走る部活動は心の拠り所にもなった。
大会では「留学生」とひと括りにされる。その一人ひとりにも、高校生として過ごす日常と青春があった。
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