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先輩の前で買い食いNG「そこまでしなくても」 堀江翔太、強豪校で取っ払った“意味のない上下関係”

多感な思春期を、トップアスリートたちはどんな思いを抱きながら駆け抜けたのか。キャリアを積み重ねた今だからこそ見える景色とは――。THE ANSWERが各競技を代表するアスリートたちの“原点”に迫るインタビュー連載「10代のジブンへ」。スポーツに勉強に一生懸命だった日々を振り返りながら、その後のキャリアにつながった経験、人生を変えた出会いや言葉などを思い起こし、今を生きる中高生アスリートにメッセージを送る。

濃密な高校3年間について語ったラグビー元日本代表の堀江翔太さん【写真:増田美咲】
濃密な高校3年間について語ったラグビー元日本代表の堀江翔太さん【写真:増田美咲】

連載「10代のジブンへ」第2回、堀江翔太(ラグビー)中編

 多感な思春期を、トップアスリートたちはどんな思いを抱きながら駆け抜けたのか。キャリアを積み重ねた今だからこそ見える景色とは――。THE ANSWERが各競技を代表するアスリートたちの“原点”に迫るインタビュー連載「10代のジブンへ」。スポーツに勉強に一生懸命だった日々を振り返りながら、その後のキャリアにつながった経験、人生を変えた出会いや言葉などを思い起こし、今を生きる中高生アスリートにメッセージを送る。

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 大阪のラグビー強豪校である島本高校に進学した元日本代表フッカー(HO)の堀江翔太さんは、そこで天野寛之監督と出会う。日々ハードな練習を課されるも、“型にはまらない”天野監督の指導がフォワードとしての多彩な能力を開花させていく。「スーパーラグビー」の映像を通して世界への憧れも強くした、濃密な高校3年間を振り返る。(取材・文=二宮 寿朗)

 ◇ ◇ ◇

《バスケットとの“二刀流”からラグビーに専念することを決断した堀江翔太さんは、大阪・島本高校に進学する。ラグビー漬けの日々を送り、才を磨き上げていく高校3年間は、堀江さんにとってどのような時間だったのか――》

 高校3年間を振り返ってみると「つらかった」記憶はないんですよね。それでもラグビーの強豪校でしたから、部活動の上下関係はしっかりありました。ラグビー部は食堂でご飯を食べるルールなので、挨拶の声は大きく。授業で教室の移動とか、休み時間で先輩と目が合うと下にしゃがむのも決まりでした。いかつい先輩はいましたけど、別に理不尽なこともなかったし、ラグビーのことだけを考えられる環境ではあったかなと思います。

 つらかったと言えば、1年生の時の校内合宿。朝練して、昼は京都にある天王山という山を10キロくらい走らなきゃいけない。これを5日間連続やるんで、相当にしんどいわけです。でも僕は“こんなことをあと2年やるのか”と思っている時点で、3年間ちゃんとやろうとしていることに気づかされました。しんどいことでも途中で投げ出したくないタイプと言いますか、性格的にやり切らないと気が済まないんでしょうね。

 これは少年時代、ボーイスカウトの経験が活きていました。小学生までは楽しくやれるんですけど、6年生から中学生になると夜中にいきなり笛が鳴って整列させられたり、山奥まで行って目標物を確認したり、一気に厳しくなるんです。食材だけポンと渡されて、「この時間までにごはんを作って食べておくように」と。でも火がうまく焚けなくて間に合わないと“罰走”が待っているので、ピンチになったら食材をバレないように土の中に埋めておく。地球の真裏まで掘るという意味で、僕らは“ブラジル”と呼んでいました。

 もったいないし、申し訳ない気持ちが強いんですけど、その時は必死でしたね。食べたことになっているから、寝たふりしてみんなで持ってきたチョコレートを口にして気を紛らわして。仲間と協力してあの“サバイバル”を乗り切った経験があったから、きつい校内合宿にも耐えられました。ボーイスカウトをやっておいた甲斐がありました。

《1年時からロックでレギュラーを張り、3年になるとナンバーエイトに。フォワードながらセカンドフェイズでキックやパスを選択する“司令塔”の役割をこなせたのも、サッカーやバスケットボールの経験がプラスに働いた。プレースキッカーを務め、時にはバックスでプレーした試合もあった。ラグビー部の天野寛之監督が堀江のポテンシャルを見て、自由にプレーさせてくれたことも大きかったと言う》

 天野先生は、型にはまらない教え方でした。フォワードの僕がキックしたり、パスを放ったりしたら「そんなのするな」と言われるのが普通だと思うんですけど、うまくいったら良しとしてもらえた。プレースキックまで蹴らしてくれましたから。厳しい先生ではありましたけど、規制をかけてくるような指導者ではなかったので、本当に伸び伸びとやらせてもらいました。

 思春期だからと言って、別に悩みとかもなかったですね。どうやったらうまくなるんやろ、どうやったらあの相手に勝てるんやろとか、頭の中は本当にラグビーのことばかり。(南半球のプロリーグ)「スーパーラグビー」は友達に録画してもらって、とにかくよく観ていました。かっこいいプレーを見て、これ真似てみよう、とか。でもほかの高校のめっちゃうまい先輩のプレーを真似るとか、うまい人をよく観察していたとは思います。

 自分がうまくなっている、強くなっているという実感はあまりなかったですね。もっとうまくなりたい、もっと強くなりたい。思春期にあった自分の気持ち的には、ずっとそっちだったんじゃないですかね。

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二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

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