先輩の前で買い食いNG「そこまでしなくても」 堀江翔太、強豪校で取っ払った“意味のない上下関係”

花園にはあと一歩届かずも、やり切った感はあった
《高校3年時には公立高から唯一大阪府代表に選ばれて国体に出場する。全国高校ラグビーの大阪府第2地区予選準決勝では強豪の大工大高(現在の常翔学園高)を堀江さんのトライなどで撃破。そして迎えた東海大仰星との決勝戦。一進一退の攻防が続いたが、あと一歩のところで花園には届かなかった。堀江さんに涙はなかった》
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東海大仰星に負けて悔しいというよりも、僕の中でやり切った感はありました。より一層、自由にやらせてもらったのがあの決勝戦でしたから。ただ、ちょっと泣いてはいました。試合が終わってバックスタンドに挨拶に行ったら、同級生が泣いているわけです。それを見たら思わずもらい泣きしてしまって……。
思えば中学を卒業した時は、メチャメチャ泣いたんです。みんな吹田あたりの近くの高校に進学するのに、僕だけ離れて、遠い高校に行くんやと思うと、メチャメチャ寂しくなってしまって。小、中学時代に仲良かった友達とも、自然と会わなくなりました。自転車で家に帰る時に見かけても、「俺、また朝早くから練習やしな」と思うと声もかけづらくて。本当にラグビーしかない3年間でしたね。
実は僕の代でラグビー部の上下関係も、あんまり意味ないと思ったものはやめることにしました。僕が下級生の頃は、先輩のいる前で買い食いするのがダメでした。ジュースを飲もうと思っても、先輩が来たら隠さなきゃいけない。そこまでしなくてもいいなと思ったし、買い食いを禁止して強くなるわけでもないので。先輩と目が合って下にしゃがむことも取っ払いました。食堂に入ったら、大きく挨拶とか、いいなと思ったのは残しましたよ。こういった経験が後に大学でも活きることになります。ラグビーを嫌になったこともない。ずっと熱中できた3年間であったのは間違いありません。
(後編へ続く)
■堀江 翔太 / Shota Horie
1986年1月21日、大阪府吹田市生まれ。小5でラグビーの魅力にはまる。幼少期はサッカーに熱中し、中学ではバスケットボール部で活躍した才能をラグビーでも生かし、島本高、帝京大で実績を積み上げる。2008年に三洋電機ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。その後NZへの留学も経験するなかで日本代表デビューを果たすと、11年W杯に初出場。13年にはスーパーラグビー初参戦、16年にはサンウルブズの初代キャプテンに就任するなど、日本代表での活躍と並行して歴史にその名を刻んできた。W杯に4大会連続出場、22年にはリーグワン初代MVP受賞など数々の栄冠を手にし、24年に現役引退。現在はワイルドナイツのFWコーチを務めている。
(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)
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