1人の陸上選手がなぜ1万4000km先のアフリカへ 五輪メダルから10年…35歳、今も各地で国際交流「走れなくなるまで」――陸上短距離・飯塚翔太

ここ5年はJICAと連携 各地で国際交流「走れなくなるまで続けたい」
35歳。長年にわたり日本のトップレベルで走り続けるスプリンターは、今も高いモチベーションを維持している。大事にしているのは、結果の先にあるものだ。誰かの喜ぶ顔が見たい。それが原動力で、その思いに国境はない。今回も遠く離れた異国の地に向かった。
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もともと2018年にエスワティニで陸上教室や合宿などを実施した。当時、同国の代表選手だったシブシソ・マツェンジと親交があり、交流も兼ねて日本から約1万3000キロ離れた異国で過ごした。これをきっかけに近年は、豊田コーチとシーズンオフに主に開発途上国を訪れ、現地の子供たちと交流するのが“恒例”になった。
ここ5年はJICAと連携。2022年はバングラデッシュ、2023年はルワンダ、2024年は東ティモール、2025年ラオスと国際交流を続けてきた。
2016年リオデジャネイロ五輪の男子400メートルリレーでは第2走者で銀メダル獲得に貢献した。200メートルの自己ベストは日本歴代4位タイの20秒11。五輪は4大会、世界選手権は6大会の出場実績を持つ。
飯塚は「できる限り、いろんな国に行って、こういった活動は走れなくなるまで頑張りたい。今回もいろんな方と交流し、エネルギーをもらった。競技のモチベーションにもなった」と話した。現役トップスプリンターとして走り続けながら、多くの人に笑顔を届けていく。
(THE ANSWER編集部・上田 悠太 / Yuta Ueda)
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