「俺、何してんのや」 号泣から始まった海外挑戦、堀江翔太が人生の岐路で貫き続けた逆算思考

夢や目標があったから高みを目指していけた
《帰国後の活躍は言うまでもない。三洋電機ワイルドナイツ(現在の埼玉パナソニックワイルドナイツ)では、2010年にトップリーグMVPに選ばれ、日本代表としては2011年から4大会連続でワールドカップに出場し、2015年に南アフリカ代表を撃破した一戦は「史上最大の番狂わせ」とも評された。憧れたスーパーラグビーでプレーし、サンウルブズでは初代キャプテンを務めた。そしてリーグワンでは初代王者、初代MVPに。日本ラグビーの歴史に名を刻むレジェンドである》
少年時代を振り返って良かったなと思うのは、夢や目標を持っていたこと。小さい頃はたこ焼き屋さんになりたかったけど、中学生になってからはラグビーをやると決めて「ラグビーで有名になってテレビに出る」とか目標に書いていたそうです。年代によって、花園に出る、日本代表になる、スーパーラグビーでプレーすると、その都度変わってはいましたけど、夢や目標があったから逆算してフッカーになろうと自分で決めることもできましたから。夢や目標を追う癖ができたから、自然と高みを目指していけたような気がしています。
僕の人生はラグビー一色ではありますが、生まれ変わってもラグビーをやりたい。その気持ちはきっとこれからもずっと変わらないでしょうね。
■堀江 翔太 / Shota Horie
1986年1月21日、大阪府吹田市生まれ。小5でラグビーの魅力にはまる。幼少期はサッカーに熱中し、中学ではバスケットボール部で活躍した才能をラグビーでも生かし、島本高、帝京大で実績を積み上げる。2008年に三洋電機ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。その後NZへの留学も経験するなかで日本代表デビューを果たすと、11年W杯に初出場。13年にはスーパーラグビー初参戦、16年にはサンウルブズの初代キャプテンに就任するなど、日本代表での活躍と並行して歴史にその名を刻んできた。W杯に4大会連続出場、22年にはリーグワン初代MVP受賞など数々の栄冠を手にし、24年に現役引退。現在はワイルドナイツのFWコーチを務めている。
(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)
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