【全英女王】桑木志帆、両親への第一声は「チャーハン取って」 快挙後もハグなし…独特の距離感で紡ぐ家族物語

脳梗塞で父が倒れ…本気で怒った桑木の言葉
そんな正利さんは24年夏、北海道での大会期間中、コース内で倒れた。脳梗塞だった。桑木はプレーを終えた後、病院に駆けつけた。当時から多くの言葉を交わすことはない父子関係だったが、本気で「気を付けろ」と怒ったという。
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その後、桑木はマネジャーを付けてツアーに帯同してもらっている。父は回復したものの、話し合って「優勝争いをした時の最終日や地元に近い大会だけ応援に来る」に決まった。
ただ、25年以降も、海外メジャー大会は初日から現地で見守っている。快挙達成の前、プレーオフの1ホール目で桑木が第1打を右のブッシュに入れた際は、夫婦で「プレーオフは国内で2戦2敗。2位でもメルセデス・ランキングで480ポイントか」と話していたという。
だが、桑木はその後に残り100ヤード地点からの第3打をピンそばにつけてパーセーブ。2ホール目では好ショットを重ねて決着をつけた。
結果、桑木は150万ドル(約2億3600万円)とともに米ツアーの5年シードを手にした。そして、来季からは同ツアーを主戦場にすることを宣言した。直後、筆者が正利さんに祝福のLINEメッセージを送ると、1時間後に返信があった。「やらかしました 笑笑 ありがとうございます」。照れ隠しも含めた喜びの表現だった。
岡山市内の自宅に到着した後にはこう言った。
「天国で桑田さんが見守ってくれていたと思っています。受けた御恩は本人も私たちも忘れていません。志帆のいいところは、浮つかずに努力を続けられるところです。今後もこのまま地元岡山を大切にして、皆さんに恩返しをしてほしいです」
娘が海を渡ることで応援に行ける機会は限られるが、正利さんは「スポットで見に行ければ、それでいいです。あとはチームの方々にお任せします」と言った。
言葉は交わさなくても、22年オフに取り組んだスイング改造の際、桑木は正利さんにチェックを求めていた。理由は、一番長く近くで練習を見てくれたからだ。自身の性格を知り尽くす浩子さんも、何かあれば頼れる存在。そして、ともに「一番の味方」でいてくれる。
桑木家ならではの「独特の距離感」。それを維持したまま、23歳の桑木は栄光のロードを歩み続ける。
(柳田 通斉 / Michinari Yanagida)
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