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【全英女王】桑木志帆、両親への第一声は「チャーハン取って」 快挙後もハグなし…独特の距離感で紡ぐ家族物語

6月の宮里藍サントリーレディス優勝時は親子3人でパシャリ。全英では撮影できなかった【写真:桑木正利さん提供】
6月の宮里藍サントリーレディス優勝時は親子3人でパシャリ。全英では撮影できなかった【写真:桑木正利さん提供】

父は厳しい指導で反省「怒って志帆のお尻に…」渋野、恩人と歩んだ岡山生活

 仕事は障害者施設の職員。決して裕福ではなかったが、やりくりをして練習、ラウンド代、遠征費をねん出した。まさに二人三脚の歩み。その過程では、厳しく指導して正利さん自身が反省したこともあった。

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「私が怒って志帆のお尻にボールを投げつけたことがありました。志帆は『ごめんなさい』と言いました。そこで私は『一生懸命やっているのに、何でこんなことを言わせてしまったのか』と我に返りました」

 正利さん自身は普通のアマチュアゴルファーだが、桑木のスイングは父子で大好きな宮里藍を参考に築いてきた。専門家から本格的に指導を受けたことはなかったが、ジュニア大会で成績を残し、地元・岡山で4学年上の渋野日向子の背中を追い続けた。

 そして、高校2年の2019年夏、渋野が全英女子オープンで優勝を飾った。当時、渋野はRSK山陽放送(本社・岡山市)の所属。同社の桑田茂社長は、その時点で「岡山から次に来るのは桑木」と公言し、正利さんともやり取りを重ねていた。

「志帆は桑田社長にとてもかわいがっていただきました。ラウンドをご一緒した際も、地元企業の方々を紹介していただいたことで、プロテストに合格してすぐにたくさんのスポンサーが付きました。桑田社長が『桑木をよろしく頼む』と言っていただいていたお陰です」

 だが、桑田さんは2021年4月9日、68歳で亡くなった。突然の別れだった。その2か月後の同6月、桑木はプロテスト一発合格を果たした。

 翌22年からレギュラーツアーを転戦。正利さんは退職し、娘と行動をともにした。各地で車を運転し、暑い日も寒い日も、コースを回って娘のプレーを追い続けた。手にしていたのはキャンパスノート。正利さん自身がフリーハンドで各ホールの図面を作り、娘の打球方向などを確認して書き込む。その後に桑木が距離や番手を加え、マネジメント会社がデータ化していた。

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