「本当は去年で…」陽岱鋼が引退を1年延ばしたワケ 子どもの学校で感動…スターを支えた家族の物語

闘っているのは選手だけではない…陽が子どもたちの学校で感動したこと
陽の家族は、2008年に結婚した謝宛容(シェ・ワンロン)夫人と、3人の子どもたち。今年で上から中2、小3、小1になる。陽のオイシックス入団とともに新潟に転居し、皆日本の学校に通っている。家庭では「僕が日本語で喋って、嫁は台湾語です」と複数の言語が飛び交うのだという。「だから子どもたちは両方の言葉がわかりますよ」という一方で、「子どもが一番大変だったと思う」と思いやる。
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異文化に慣れるまでがどれだけ大変かは、日本の高校に通いながら言葉を身につけていった陽自身が、一番よくわかる。だから「学校を好きになってくれたのが一番よかったです。僕のせいで大変だったとは思うけれど」と胸をなでおろす。参観日や発表会に足を運ぶこともあった。
「子どもたちが練習して発表するの見るとね、やっぱり感動しますよ。成長してるんだなって感じますもん。自分が知らないことを身につけようと、努力してるのすごいなって」
最初の決断から1年経った今年、もう一度家族に引退すると伝えると「いいよ。引退したら、今度はパパが料理をやってくれるんなら引退していいよ」と言われた。引退会見で陽は、日本ハムで苦楽を共にした稲葉篤紀氏や今浪隆博氏を前に、涙をこらえきれなかった。会見後、夫人に電話すると長男は「なんでパパは泣いていたの?」と言いながらも、もう野球をしないということを理解していたのだろう。同じように涙を流していたのだという。
「オイシックスに来てからですかね。僕の仕事が野球だってわかってくれたのは。だからここでプレーできた3年間は、本当にありがたいんです。もしあの時、橋上さん(当時オイシックス監督、現巨人監督代行)が電話をくれなかったら、この姿は見せられていませんからね」
日本と台湾のどちらに拠点を置くかを含め「今度は家族のために。これまで迷惑をかけてきたので」と口にする。福岡第一高で指導を受けた平松正宏・元監督に引退を報告した時も、これからは家族の時間を大事にするよう言われた。日本と台湾という2つの文化を楽しみ、時には乗り越えてきた陽ファミリー。ファンを魅了するスーパープレーは、決して一人で成し遂げたものではなかった。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)
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