「日本一」が迎えに来なかった最後の夏 4つの2位、零れた涙…去り際、誰も見ていない場所で貫いた行動――佐久長聖・阪真琴

6日間8レースの激闘、その結末は…
史上初の7日間開催。個人と学校対抗の日本一を誓い、彦根の長い夏が幕を開けた。
予選翌日の決勝。身長170センチの長い手足も生かし、3台目までハードル間を17歩から15歩に減らした。この夏に向けて取り組んだ走法に挑戦し、前半から飛ばした。
直線。楠田ゆうな(鹿児島女子3年)と一騎討ちに。9台目、わずかに前に出る。勝てる。「日本一が見えた」。あと1台。ところが、ラスト10台目で歩幅が合わず減速した。
1つ目の日本一は0秒11だけ先にあった。
自己ベストを1秒24更新する57秒85ながら2位。前年の優勝タイムを0秒3上回った。それでも言い訳はせず、優勝者に拍手を送った。
ただ、本心は違う。「競技人生で一番悔しい」だった。レース後、「本当に終わってほしくなくて……本当に勝ちたくて……ひたすらに悔しかったです」と涙を堪え切れなかった。
「最後に絶対に一番良い風景を見たい」。5、6日目のリレー3レースを挟み、迎えた大会最終日。
午後5時の100メートル障害予選を順当に通過し、7時10分から決勝に挑んだ。13秒75(向かい風2.1メートル)、0秒31差でまたも2位。残されたチャンスは、あとひとつ。
1時間半後――。
8時45分、阪は赤のバトンを持ち、マイルリレー決勝の1走としてスターティングブロックに足をかけた。6日間で8レース。疲れがないわけがない。号砲とともに、この日3時間半あまりで3レース目となる脚を懸命に回し、前半から攻めた。
沸き起こる歓声。ラスト100メートル。顔に苦しさが浮かぶ。仲間が待っている。僅差の1位で2走に繋いだ。
ここからは、もう走れない。託した3人は1年前も走った同じメンバー。「3人のことを信じている。絶対1番で帰ってきてくれる」
待機スペースから見守った。2走、3走、そしてアンカーへ。祈るようにして母校のユニホームを目で追った。
2分40秒後。赤のバトンは2位でフィニッシュラインに帰ってきた。
最後の日本一も0秒39だけ先にあった。
阪は感情をしまい込み、淡々と仲間を出迎えるために歩き出した。
レース後の取材。平静に努めていた個人の話から「仲間」の話に移った途端、声を詰まらせ、涙があふれ出た。
「『くやしい』の4文字じゃ足りないくらい悔しい。この4人で走れる最後の大会で、チームの集大成となる最後の一本で……本当に悔しいです」
それでも、取材の最後には涙を拭った。「日本一にはなれなかったけど……」と切り出し、視線を上げた。
「なりたい自分を目指してやってきたことは、誰にも奪われないし、無くならないこと。これから、もっと強くなりたいと思う時、ひとつの自分らしさとしてこの経験を強さに変えて、いろんな人に応援される強い選手になりたい」
チーム得点も2位で、目標だった総合優勝にも届かなかった。
400メートルリレーは5位。100メートル障害、400メートル障害、マイルリレー、学校対抗はすべて2位だった。
0秒11、0秒31、0秒39。近くて、あまりに遠かった日本一。だが、最後まで変わらないものがあった。
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