[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

「違和感がずっと心に…」サッカーを辞めた高木美帆、15歳の決断 スケート専念で従った「感覚」

中学3年生の時にバンクーバー五輪に出場。一躍“時の人”になった【写真:ロイター/アフロ】
中学3年生の時にバンクーバー五輪に出場。一躍“時の人”になった【写真:ロイター/アフロ】

言われて気づくのではなく、自分で考え工夫して滑った

《スピードスケートとサッカーの二刀流。中学2年時にジュニアワールドカップで優勝を果たした“スーパー中学生”は、サッカーでもナショナルトレセン女子U-15選抜メンバーになったほどの実力の持ち主。違うスポーツに取り組んだことは、結果的にスピードスケートにもプラスに働く》

 どっちかのためにどっちかをやっていると言われるのは好きではありませんでした。だから両方、引けを取らないように、夏はサッカー、冬はスケートときっぱり分かれていたので、その期間はその競技にフルコミットしました。短期集中が続くのでマンネリ化はなかったですし、自分のなかで良いサイクルになっていたなとは思います。

 サッカーは周りの動きを見ながら、自分がどうしていくか予測して動かなければなりません。常に移り変わっていくスポーツですし、自分のことだけじゃなく全体を考えてプレーしていく必要がありました。それがハマった時は、どれだけ嬉しかったか。中学の時もチームメイトに恵まれて、みんなで一緒に過ごす時間も大事なものだったなって今振り返ってもそう感じます。

 ただ、サッカーに関しては技術というより体のポテンシャルで引き上がった感じがあって、どうやればもっと上手くなっていけるか、そのイメージを持てないままでいました。当時つけていた日記を最近、読み返したのですが、サッカーでこうやってみようみたいなことは書いていなかった。というよりも、何を書いていいのかさえ当時の私は分からなかったんじゃないかな。

 一方でスケートは、11歳の時にクラブチームを変えたことがステップアップするきっかけにもなりました。この状況であればこのように滑ったほうがいいなという感覚は少なからず持てていました。(中3時に出場する)バンクーバー五輪の選考会前、シニアの大会に出場した時のことです。屋外リンクの会場でスタートから向かい風。いつもより姿勢を低くして滑ろう、と当たり前の話ではあるのですが、(指導者に)言われて気づくのではなく、自分で考えて実行に移したんです。この大会で2位になり、環境と状況に合わせて工夫して滑るって面白いなと、私にとってはちょっとした成功体験でした。

1 2 3

二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
ABEMA
docomo
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集