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34歳で単身海外移籍「家族に苦労を…」 元ドラ1を甦らせた台湾での1年半「ネットじゃ絶対わからない」――吉田一将

NPB、台湾プロ、社会人復帰…吉田の野球人生は波乱万丈だ【写真:羽鳥慶太】
NPB、台湾プロ、社会人復帰…吉田の野球人生は波乱万丈だ【写真:羽鳥慶太】

34歳からの海外移籍…文化の違いもサラリ「しょうがないじゃないですか」

 新興チームで吉田は13試合に先発し3勝6敗、防御率5.10。台湾の外国人枠制度は選手にとって厳しく、8月31日の時点で1軍に残れないとその後のシーズンは2軍でしかプレーできない仕組みになっている。吉田のシーズンは一度ここで終わったものの、最後の1か月も半ばコーチのような役割をしながら台湾で過ごした。「投げている感覚や変化球と、この年齢でも新しい発見があったんです」。この1年で磨いたツーシームが、久々に戻ってきた都市対抗にもつながっている。

「台湾での最後の方にすごくいい形になってきて、それが今年生きてるんですよね。バッターもほとんどわかってないと思うんですけど、かなり投げているので。ちょっとでもバッターが『あれっ?』と思ってくれれば、他の球種も生きますからね」

 34歳で挑んだ海外移籍を、単身赴任で乗り切った。「家族には苦労をかけたと思います」と口にするが、外の世界に出てみることはメリットしかなかったという。

「何でもそうですけど、行った人にしか分からないことって絶対あると思うんです。なんというか、ネット上の情報だけじゃ絶対分からないところがある。どんな年齢でも新しい経験をさせてもらって、シーズンをやり抜いたのは本当に良かったなと言うしかないですね。プラスしかないので」

「暑いのは参りましたけど」というが、食事面にはうまく適応できた。それでも文化の違いは厳然としてある。例えば、トイレでトイレットペーパーを流せないのもそうだ。「うわっとは思いましたけど、しょうがないことじゃないですか。そこは割り切って、いかに試合で結果を出すかに意識を集中して常にやってきたので」。

 台湾の1年半で、吉田の野球選手としての寿命は間違いなく伸びた。そして今も、新たな目標が生まれている。「都市対抗は本当にいいところです。今度はマルハンの選手にも、絶対経験してほしい。できれば自分が現役で投げている間に。燃え尽きたとかも全然ないですし」。今度は自チームで東京ドームにくる日を目指し、勤務も野球も全力投球だ。

(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)

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