大会直前に驚きのU16代表入り “無名”ユース選手の運命を変えた「ギラギラした」バスケへの姿勢
黙々と、しかし積極的に取り組んだ自主練習
高橋は中学1年生の時、リーグ屈指の強さを誇っていたトップチームに憧れてU15 川崎ブレイブサンダースに加入。当時は強豪の横浜ビー・コルセアーズ(横浜BC) U15を倒すことに主眼を置いていた。
横浜市の自宅から川崎市内の練習場まではドア・トゥ・ドアで1時間弱。学校から帰宅後、母の陽子さんが用意してくれた補食をとったらすぐに練習場に移動し、チーム練習開始までの約2時間、黙々と個人練習に取り組んだ。
国際大会でも大きな威力を発揮した3ポイントシュートも、この個人練習で身につけたものの一つだ。「中学に入った頃はシュートよりもパスのほうが得意でした。たくさんシューティングができる環境ができたことで向上したんだと思います」と高橋は振り返った。
中学最後の公式戦「ジュニアウインターカップ神奈川県予選」準決勝では、悲願の横浜BC撃破を達成。トップチームの首脳陣からも高い評価を受けるようになっていた高橋は、自クラブのユース所属選手2名をトップチームに所属させられる「ユース育成特別枠」などを活用した早期のトップチーム入りという新たな目標を定めてU18川崎へと進んだ。
川崎の地域振興・アカデミー事業部部長の内藤誠人は、彼の大きな強みを「小さなチャンスであってもモノにしようとするギラギラしたところ」と評した。
「中国の大会に行った時、メインのコーチ陣から『秀成は初日から一人でめちゃくちゃ自主練をしていたよ』と褒められました。実力だけに限らず、そういう姿勢が評価されたからU16の候補に追加していただいたんだと思います。『今日は何時に開きますか?』と僕に連絡をし、そこに合わせて練習場に来ることもそう。僕に連絡する手段は彼だけが持っているものではないですから。秀成の連絡は徐々に『◯時までに開きますか?』に変わってきて、彼の到着時間に合わせて僕らが練習場に行くようになりました(笑)」
U16日本代表の候補メンバーはエリート揃いかつ、高橋以外のメンバーとコーチは1次合宿から戦術やそれぞれの人柄に対する理解を深めていた。世代別代表の候補にすらなったこともない選手が突然そこに飛び込めば、舞い上がったり萎縮したりして本来のプレーができなくてもおかしくないが、高橋はそうならなかった。理由を問うと、このように答えた。
「練習に入る前にいろんなコーチの方や選手とコミュニケーションを取って、セットプレーや求められていることを聞いて準備しました。話すのは得意じゃないし、すごく緊張するんですけど、それでもコミュニケーションを取っていかないと大きな舞台には立てないと思うし、ユースでも、これからトップチームに進んでも求められることだと思うので意識してやるようにしています」
短いインタビューでの印象ではあるが、高橋は人懐っこく天真爛漫なタイプではない。それでも自らが求めるもののためならば……と、その障壁を取り払って行動できる点も彼の強みだと感じた。
そして何より、「世代別日本代表になる」という目標は持っていなかったが、「川崎のトップチームに入る」という明確かつ高い目標を持ち、それを見据えてバスケットボールに打ち込んでいた。だから、高橋は二度のイレギュラーな招集の中でも自らの力を発揮し、シンデレラストーリーを体現できたのだろう。
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