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偏差値69、超進学校で1年から言い続けた「高卒でプロ野球」 西武・濱岡蒼太を導いた信念「大学は後でも」

ここ数年、プロ野球のスカウトから嘆きを聞くことがある。「プロに行きたいっていう高校生が減ってるんだよね……」。本人も親もまずは進学を希望し、早々に進路を決める選手が増えたとの声が多い。その中で、真逆の選択をした選手がいる。卒業生の大半が難関大学へ進学する神奈川県立川和高校から、昨秋のドラフトで育成4位指名を受け西武入りした濱岡蒼太投手だ。

今は3軍でいろいろな学びがあるという濱岡【写真:羽鳥慶太】
今は3軍でいろいろな学びがあるという濱岡【写真:羽鳥慶太】

東大合格者も出す神奈川・川和高からプロ入り…異色のルートはなぜ?

 ここ数年、プロ野球のスカウトから嘆きを聞くことがある。「プロに行きたいっていう高校生が減ってるんだよね……」。本人も親もまずは進学を希望し、早々に進路を決める選手が増えたとの声が多い。その中で、真逆の選択をした選手がいる。卒業生の大半が難関大学へ進学する神奈川県立川和高校から、昨秋のドラフトで育成4位指名を受け西武入りした濱岡蒼太投手だ。

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 川和高校の偏差値は69。公立としては神奈川県でトップクラスの進学校で、今春も東大に2人、京大に1人の合格者を出した。ただその環境で濱岡は、入学時からプロ野球一本を宣言する“変わった”生徒だった。

「野球を始めたのは、人より遅かったんです」という濱岡が、白球を握ったのは小学4年生。一緒にドッジボールをしていた仲間に誘われたのがきっかけだった。周りの皆が夢はプロ野球選手と口にする中「僕も見たこともないのに、プロ野球選手になりたいと言ってました」と笑う。ただ、左利きだったことから誘われた野球に、すぐに夢中になった。

 練習を重ねて、少しずつうまくなれるのが楽しかった。小学校5年では背番号17の控え選手だったのが、翌年にはチームのキャプテンに。決定的な成功体験を得たのは、新型コロナウイルスが流行していた2020年の春だ。横浜市緑区の田奈中で野球部に入ったが、入学早々登校できなくなった。「そこで、父と2人でたくさん練習したんです」。毎日朝夜と2~3時間ずつ、キャッチボールやランニング、自重の筋力トレーニングを続けた。

 この時期、野球から気持ちが離れてしまう仲間も多かったという。「ゲームにハマったりして。僕も遊びたいなって気持ちはあったんですけど、家が厳しくて、友達と遊んじゃいけないって言われていたんです。なのであきらめて練習して……」。9月に学校の軟式野球部の活動が始まると、頭抜けた存在になっていた。「みんなどんどん『プロ野球選手になりたい』という夢をあきらめていく中で、寂しさというか、もっと練習しようぜ! みたいな」。市内の軟式野球で注目される存在になり、高校進学時には強豪私立からも誘いがあった。ただそこで濱岡が選んだのは川和だった。

「野球で川和を選びました。進学校だとかそういう目では見ていなくて」

 学力が高かったこともあるが、他の高校との違いに魅力を感じた。自主練習の比率が高く、朝練の参加はフリー。さらに昼練、放課後と自由に練習できる時間が長かった。「私立だとやっぱり集団での時間が長くて、非効率になるんじゃないかと思ったんです。川和だからここまで来られたと思っています」。

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