「人生4周分の注射」で耐えたW杯 手術8度、ビジネス雄叫び…最高に“漢”だったラグビー人生――垣永真之介
垣永真之介が現役生活にピリオドを打った。ラグビーの強豪、東福岡高―早稲田大―東京サントリーサンゴリアスとPR一筋でファンに愛され、日本代表としてワールドカップ(W杯)にも出場。トレードマークとなった試合中の雄叫びや、どストレートな話しぶり、そしてファンとの繋がりやラグビー支援のためのアパレル事業を立ち上げるなど、様々な魅力を発散し続けてきた。誰からも愛着を込めて“カッキー”と呼ばれてきた男に、引退への思い、そして自ら「山と谷しかなかった」という楕円の足跡を聞いた。(取材・文=吉田 宏)

「カッキー」垣永真之介、引退 「山と谷しかなかった」という楕円の足跡
垣永真之介が現役生活にピリオドを打った。ラグビーの強豪、東福岡高―早稲田大―東京サントリーサンゴリアスとPR一筋でファンに愛され、日本代表としてワールドカップ(W杯)にも出場。トレードマークとなった試合中の雄叫びや、どストレートな話しぶり、そしてファンとの繋がりやラグビー支援のためのアパレル事業を立ち上げるなど、様々な魅力を発散し続けてきた。誰からも愛着を込めて“カッキー”と呼ばれてきた男に、引退への思い、そして自ら「山と谷しかなかった」という楕円の足跡を聞いた。(取材・文=吉田 宏)
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コベルコ神戸スティーラーズが圧倒的な強さでシーズンを締めくくった前日にジャージーを脱いだ。
絶叫のアンサングヒーロー――。
本人が望むかは兎に角、個人的には、こんな肩書きが相応しい。
リーグワン2025-26プレーオフ3位決定戦。今季ここまでの出場記録は、3月の三菱重工相模原ダイナボアーズ戦の後半40分のみ。最初で最後の「3」を背負った“カッキー”は、試合後にこんな思いを口にした。
「6歳から始めて29年ですかね。365日だと1万585日。(サンゴリアスの)クラブハウスは12年間だから4000日近く。もう行きたくないです、満足です。後悔は何一つない。もう一回同じ人生をやり直しても、これ以上の努力は出来ないくらい頑張りました」
見た目だけなら、もしかしたら隣り合わせはすこし歓迎出来ないかも知れない。180cm、115kg。小山のような体を反り返らせて、なにやら太々しさも漂う風貌。そこに「垣永真之介」などという幕末の尊王攘夷派のような名前も持つ。だが、一言二言話し出せば、そんな“着ぐるみ”とは正反対な純朴、真っ直ぐな男が姿を現す。
「引退原稿、書いてくださいよね!!」
1年前のそんな“約束”を果たす日が来た。リーグワンレギュラーシーズン終盤のとある試合の後のことだった。通常通り囲み取材を終えた別れ際に、本人からこんな声を掛けられた。取り立てて引退ばなしをしたわけではなかったが、何気なく、そして唐突に、そんな言葉が飛んできた。
本人は「ずっと、辞めるタイミングを探していたんだと思います。ラグビーはやりたいが、どこかで辞めなければという」と当時を振り返るが、言われた側は、遠くない「いつか」そんな時が来るんだろうと受け止めた。多くを語らず別れたが、1年後に、すこし寂しい約束のときがやって来た。
「スクラムですか? 大っ嫌いですね」
東福岡高で注目を浴び、名門早稲田大で主将を務め、強豪サントリーに入社して、国内有数のPRとして名を馳せた当時でも、思っていることを忖度なしの“ド直球”で口にしてきた。国際クラスのサイズが注目されたカッキーだったが、得意技はフィールドプレー。密集で鮮やかにジャッカル(相手ボールに絡んで奪い取るプレー)を決め、フィールドでパスを繋いで走る。常に日本一がミッションだった高校でも大学でも、カッキーらしさをピッチで発散させてファンに愛された。
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