「人生4周分の注射」で耐えたW杯 手術8度、ビジネス雄叫び…最高に“漢”だったラグビー人生――垣永真之介

挑んだ最後のW杯「人生4周ぶんくらいの注射を打ってもらって」
青木も同じ早稲田―サントリー、そして日本代表とHOとして活躍。軽量級のフロントローが、海外の大型FWにどう対峙するかを身を持って経験してきたコーチとの二人三脚の“モーニングサービス”が、5年ぶりの代表招集に繋がり、シーズンオフには当時のトップリーグで自身初のベストフィフティーンという称号も手にしている。
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カッキー自身も「これだけの時間が空いての代表復帰って珍しいでしょ」と自賛する復活だったが、ここでも“谷”が待ち受けていた。23年W杯までのシーズンをみても、カッキーがプレーするタイトヘッド(右PR)は、スクラムの強さが売りの具智元(コベルコ神戸スティーラーズ)とヴァルアサエリ愛(埼玉パナソニックワイルドナイツ)が中心。本番のW杯でも4試合全て「先発・具、控えヴァル」のコンビだった。カッキーにとっては、最初で最後となった夢舞台は出場時間0秒に終わったが、こんな思いで振り返る。
「(W杯に)行けて良かったです。行けなかったら、まだずっとしがみついていたでしょうしね。それに、W杯は他の試合と全く違うのは分かったんで。(通常の)テストマッチでも本当に力が2倍、3倍になっていると思ったけれど、W杯はそのもっと上を行く大会だった。ナショナルレベルの試合では、自分たちの力が全く無になるような押しを喰らったりするんです。でも、そこを相手から反則を奪ったりする試合が出来ることだけでも、まず凄いなと思います。本大会での出場チャンスが無くても、そこまでの過程を一緒にジャパンで経験できたこと自体が凄い経験でした」
前向きに代表でのキャリア、そしてW杯挑戦を振り返ったカッキーだったが、本人も「最後のW杯」と密かに感じながらの挑戦は、首と腰の痛みとの戦いでもあった。
「首、腰のヘルニアですね。もう左半身が動かないような状態でしたから、注射を打ちまくっていた。神経ブロック注射で、なんとか耐えていたんです。ラグビー界、スポーツ界でも知られる神戸の朴(基彦)先生の所(ぱくペインクリニック)に行って、人の人生4周ぶんくらいの注射を打ってもらって、毎週耐えていたんです」
まさに満身創痍でのW杯チャレンジ。「もし万全の状態で出場出来ていれば」という思いも認めながら、出場記録なしの参戦でも世界の“本気”を知り、感じ取ったことが財産になった。「前十字を切った後は結構鳴かず飛ばずだった。でも、そういったターニングポイントで出会ったコーチたちに人生を変えてもらった。それはダルマゾが最初でアオさん、そして23年へ向けた代表での長谷川慎さん(日本代表アシスタントコーチ=AC、現静岡ブルーレヴズAC)。選手としてもう一花咲かせてもらったと感じています」
23年の大会明けには、首、腰にメスを入れた。本人は「植毛もしたんで、頭のてっぺんからつま先まで全部工事済」と笑うが、現役時代の手術は都合8回にも及ぶ。そんな怪我と手術のオンパレードのようなラグビー人生の中で取り組み始めたのが「Scrum Time(スクラムタイム)」というアパレルブランド立ち上げだった。
本人のアイデアを元にTシャツやトレーナー、小物などの製作・販売を2024年から始めた。「奥さんからは、あんなに服に興味なかったのにと、めちゃめちゃ言われます」と苦笑するほどファッションとは無縁だった男が何故ブランドを立ち上げたのか。
「2021年に立川(理道、クボタスピアーズCTB)さんとラジオ(音声無料配信)を始めたのがきっかけなんです。コロナの影響もあったので、こういうこともいいかと。で、ラジオを通じて、初めてこんなに応援してくれる人がいるんだとダイレクトに感じたんです。本当に僕には頑張れるためのモチベーションになりましたね。そして、その一環でカッキーモーターサイクルというバイクの集まりが始まった。バイクウエアって本当に高いんですよね。なら自分で作っちゃったほうが早いなと思ってアパレルに進んだんです」
こだわったのは“ラグビーのうれしいをもっと日常に”だという。これがブランドの理念でもある。
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