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高校生で迫られた右肘手術と後遺症「どん底でした」 3年の空白乗り越え…153km右腕が“2軍球団”に来た理由

プロ野球の2軍ファーム・リーグを戦うオイシックスで、早くも白星を挙げた最速153キロの新人がいる。細谷怜央投手はこの春、中央学院大(千葉)を出て、チームに加わったばかり。ここまでの野球人生では、高校3年生で右ひじのトミー・ジョン手術を受け、公式戦で投げられるまでに3年近くを要するという試練があった。一般的には実戦復帰まで1年と言われる手術の、どこに誤算があったのか。経験者にしかわからないことを教えてもらった。

右肘手術から5年後、細谷はオイシックスで新たな挑戦を始めた【写真:羽鳥慶太】
右肘手術から5年後、細谷はオイシックスで新たな挑戦を始めた【写真:羽鳥慶太】

オイシックスで初勝利の細谷怜央、TJ手術前の正直な思い

 プロ野球の2軍ファーム・リーグを戦うオイシックスで、早くも白星を挙げた最速153キロの新人がいる。細谷怜央投手はこの春、中央学院大(千葉)を出て、チームに加わったばかり。ここまでの野球人生では、高校3年生で右ひじのトミー・ジョン手術を受け、公式戦で投げられるまでに3年近くを要するという試練があった。一般的には実戦復帰まで1年と言われる手術の、どこに誤算があったのか。経験者にしかわからないことを教えてもらった。

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 中央学院高(千葉)の3年生だった2021年春、細谷はプロ野球選手を「夢」から「目標」に変えた。春の大会で球速が150キロを超えたのだ。ただ同時に、投手としての危機も忍び寄っていた。右ひじが悲鳴を上げたのは5月。高校最後の夏を前に、すぐ手術をするかどうかという選択を迫られた。

「もう肘がいっちゃって(故障して)いたんです。なので今すぐに手術するか、夏まで注射とか保存で頑張って、終わった後にするかという話になりました。夏に何とか投げたいっていうのがあったので、(手術を)引っ張りました。思ったよりチームの力にはなれなかったんですけど……」

 最後の夏は、千葉大会の準決勝で木更津総合に敗れ終わった。細谷は2番手で登板し、3回2/3を無失点。直後の8月に手術を受けた。傷んだ肘の靭帯を、体の別の部分から移植するトミー・ジョン手術はプロ野球界ではすっかり一般化し、高校生や中学生が受けるケースも増えている。当時の細谷はどう感じていたのか。

「正直不安が大きくて。トミー・ジョン手術は結構有名な手術ではありますけど、復帰まで1年以上かかる。自分は復帰まで人より時間がかかってしまって、結局、3年弱かかってしまったんです。だいぶ後遺症もあって……」

 リハビリの途中で大学に進んだものの、公式戦の初登板は3年春までずれ込んだ。「手術では肘の内側の靭帯を移植したんですけど、その近くに尺骨神経が通っていて。自分の場合、そこが亜脱臼といって、収まっているべきところに収まってなくて…」。動かすたびに神経痛が出た。試合で投げても、直後の1週間は痛くて投げられないということもあった。焦りという感情からは、逃れられなかった。

「3年で投げ始めたんですけど、春に今度は肩を痛めてしまって。プロに行けるかどうかが決まるような年だと思っていたんですが、秋にまた投げられなくて……。大学の4年間は、野球をやってきた中での『どん底』みたいな感じがありました。メンタル的にもやられて下のほうだったんですけど……」

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