アジア大会競歩で違反続出のナゼ 背景に厚底普及も…元世界王者が見た「近年、日本勢に警告が増えた要因」
同じアジア大会銀メダルから再スタート
山西は18年のジャカルタ・アジア大会20km競歩でも銀メダルだった。京大から愛知製鋼に入社して1年目で国際大会の経験も少なかったが、本人は金メダルを狙っていた。
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「出せるタイムの平均値は上がっていましたが、2番とか3番の多いシーズンでした。勝ち切るところのピースが足りなかった」
そこで実行したのが鈴木さんとの合同練習だった。「何か変えなければいけない。より良いものを外に求めた方がいいんじゃないかと考えました」
翌19年3月の全日本競歩能美大会で優勝した時に、それまでとは違う手応えを感じ、珍しくガッツポーズでフィニッシュした。そして10月のドーハ世界陸上20km競歩で、50km競歩の鈴木さんに続いて金メダルを獲得。21年の東京五輪は銅メダルに終わったが、22年のオレゴン世界陸上では2連覇を達成した。
8年前と今回のアジア大会を山西は、以前の取材で次のような位置づけの仕方をしていた。
「悔しい思いもしましたが、もがいていく中で見つかったものもたくさんあり、その意味では学びの多い大会でした。ジャカルタ大会は翌年の世界陸上からの良い流れにつながっていった大会です。(名古屋アジア大会代表入りは)そのステップをもう一度踏んで行きなさい、というメッセージなのかな、とも考えています」
同じ銀メダルだがペナルティゾーンに入ったことが大きく違う。8年前も苦しんでいた時期だが当時の山西は、歩型に関しては鈴木さんに近い評価を得ていた。実際、失格も一度もなかった。
しかし23年から厚底シューズへの対応で歩型が安定しなくなり、24年2月の日本選手権20km競歩で競技人生初めての失格をした。25年2月の日本選手権20km競歩では鈴木さんの世界記録を更新したが、9月の東京世界陸上は前述のようにペナルティゾーンに入っての28位。今年2月の日本選手権ハーフマラソン競歩でも世界新を出し、そのレースと4月の世界競歩チーム選手権(個人7位)で警告がなく、厚底シューズへの対応が進んでいる手応えがあった。
世界競歩チーム選手権から帰国した際には「負けたことはショックですが、歩型違反で負けた場合と今回の力負けでは、その後の取り組み方が違ってきます。今年の夏は王道のプロセスでアジア大会に向かっていける」とコメント。歩型以外の部分に注力できることを喜んでいたが、今回もまた歩型が敗因になった。
18年アジア大会当時の壁は、乗り越えた先に世界の金メダルがあった。今回の壁は歩型が絡んでいるだけにやっかいのように思える。
「今、次の目標を聞かれるのはキツいのですが、でも世界陸上、オリンピックの一番高いところに未練があるので、もう少しそこを見ていきます。難しいのは確かですが、アスリートとしてこの道を歩んでいくと決めている以上は、そこに立ち向かって行くしかありません。今回のレースの内容、ジャッジされたポイントを整理して次に生かしていきます。ジャカルタの2番の時も、そこからの道は決して楽ではありませんでした。種類は違いますが今回も、やらなければいけないことは一緒なのかな、と思います」
山西自身は壁に挑戦すること自体は同じだという意識なのだろう。歩型の判定は審判がすることだが、選手がすべきことはその傾向を分析して対応していくことだ。まずは来年の北京世界陸上へ山西がどんな道を歩むか。そこに注目していきたい。
(寺田 辰朗 / Tatsuo Terada)
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