日本を、野球を愛した陽岱鋼の20年 巨人退団から続けた“挑戦”…引退表明まで知られざる最後の5年間

オイシックスでNPBを目指す選手に伝えたかった「自分で見つけないと」
2024年、オイシックスに加入してからは、若い選手に背中を見せる立場になった。「もう40になるんですよ。おっさんですよ」と口にし、スピードも体のキレも「若い子には負けますよ」と、衰えを感じなかったと言えばウソになる。キャンプで話を聞くたびに、現役生活の終わりも「見えています」と口にしていた。そんな中で、NPBのドラフト指名を目指す選手たちに、伝えたかったことがある。
オイシックスに加入した直後、球場で陽に「あそこにいる24番、いいでしょう。僕の若いころに似ているかもしれません」と言われたことがある。視線の先にいたのは、2025年秋のドラフト会議で巨人に指名され、支配下昇格も果たした知念大成外野手だった。ただ、陽は続けた。
「でもね、本当にNPBに行きたいのなら、もっともっと練習しないと。ここのみんなに言えることです。だって僕、やりましたからね」
陽は、決して順調にレギュラーを取った選手ではない。日本ハムでの1年目、終盤に1軍昇格のチャンスがあったものの、出場することなく2軍に逆戻り。その年、2軍で遊撃と三塁を守って記録した30失策は、リーグワーストだった。両打ちに挑戦したこともある。やがて外野転向が、花開くきっかけとなった。自分にしかないものを試行錯誤の末に見つけ、伸ばして居場所をつかんだのだ。これに時代は関係ない。
「自分に何が足りないかがわからなければ、成長しないと思うんですよね。だからオイシックスの選手も、何でNPBに行けないのか、原因を自分で見つけないといけない。NPBにはこれだけ多くの選手がいて、足が速い選手も、打てる選手もたくさんいる。どこかで自分だけの良さを出さないといけないんです」
引退表明直前のある試合。出番のなかった陽は、イニング間のたびにベンチ脇でスイングを繰り返していた。そして明るい口調で、ベンチに帰ってくる若手に向けて繰り返した。「もっとアピールしろよ!」。それは台湾を飛び出し、海外で居場所を作り続けてきた陽の人生そのものだ。
現役生活を終えても、進む道はきっと野球の世界にあるはずだ。「気付いたんですけど、僕は選手見るの好きだなって思うんです。この選手、伸びそうだなと思って見るのが楽しい。教えることは難しいけど、一番楽しいかなって」。4か国を回って広げた見聞を、還元するのはどこになるのか。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)
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