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日本人初の五輪金は“穴狙い”だった 身長167cmで欧州勢撃破…三段跳びで見い出した1世紀昔の攻略法

三段跳びで五輪金メダル第1号になった織田幹雄【写真:産経新聞社】
三段跳びで五輪金メダル第1号になった織田幹雄【写真:産経新聞社】

織田が後に述懐「オリンピックの穴を狙った」

 この大会でも走り幅跳びの41人に対し、三段跳びは24人の出場だった。予選で3回跳び、上位6人が決勝でさらに3回の試技を行う方式。織田は予選で15メートル21の好記録をマークした。ここでかかとを痛めて決勝ではファールを連発。記録を伸ばすことはできなかったが、予選の記録は他の誰も抜けず優勝を果たした。

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 この大会では競泳男子200メートル平泳ぎで鶴田義行も金メダルを獲得したが、織田の方が6日先。「平泳ぎ」と「三段跳び」は後にともに日本の「お家芸」となるが、日程の幸運もあって第1号金メダルは陸上競技が、織田が手にした。

 織田は後に自著「跳躍一路」で自身の競技人生を述懐。三段跳びに関して、競技の紹介から技術論まで詳細に書き残している。他の種目に比べて技術が進んでいなかったこと、足への負担が大きかったことなどで日本人でも戦える種目であったことを記し「ここに私は眼をつけて、オリンピックの穴を狙った訳である」と金メダル秘話を明かしている。

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)

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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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