陽岱鋼、前代未聞のハチャメチャ引退式「ここには神様がいる」 ずぶ濡れで語った記憶「昔、コーチに反抗して…」

真っ暗になった鎌ケ谷で思い出したこと「僕の24時間は…」
「自分もそれ、思いました。暗くなってから福良さん(当時2軍監督など、現オリックスGM)の股割りが始まるんです。それが終わったらご飯食べてバッティング。寝たらすぐに朝が来る。『僕の24時間は、他の人の24時間と一緒なのかな』と思ったくらい」。それほど、野球に明け暮れた日々だった。「だから寮からも、あまり出ることはなかったんですよね。いつも(今成)亮太と一緒にいて」。
【注目】「この体重でも跳べるんだ」 月経異常や骨密度低下を経験、引退後に気づいた数字に縛られない体作り(W-ANS ACADEMYへ)
陽は2006年に高校生ドラフト1巡目指名で日本ハム入り。当時は遊撃手だった。思い出の鎌ケ谷を選手として訪れるのは、この3連戦が最後。初戦の試合前練習では遊撃の守備位置に入り、若い選手と競ってノックを受けた。屋内練習場では、今成さんがティーに上げたボールを打った。まるで20年前の姿そのままだ。若き日の練習量が、自分を作り上げたと知っている。だから後輩たちに、こんな言葉を残す。
「今の選手にもやってみてほしいと思います。できないと思いますけどね。データや数字よりも、何クソという部分。体は間違いなく強くなりますしね」
試合では3打数2安打。1四球。2回2死一塁の初打席で右前に安打を放ち好機を広げた。4回には四球で出塁し、スタートを切ったところで牽制されたものの、挟殺プレーの間に隙をついて二塁へ。「寂しいという感じはあまりなかったです。ここは僕にとってスタートの場所。確か最初の打席もヒットを打ったと思うんですが、それが21年目、最後の試合でも第1打席にヒットを打てて本当に良かった」。外野守備でも、フェンス直撃の打球に対して捕れるふりをして走者をだます“フェイク”を見せた。
試合中、両目の下に貼ったアイブラックには「ありがとう」の文字が。「ファンの皆さんにあいさつをできたのは良かったです。でもこんなに雨が降ったらね……」。あいさつの文面は事前に考えていたが、突然の豪雨でどこかに行ってしまった。試合展開によっては、終盤に古巣の内野守備につく可能性もあった。そんな予定をもぶっ壊すアクシデントの連続は、故郷・台湾を出てがむしゃらに突っ走ってきた陽の野球人生そのものでもあった。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)
![[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト](https://the-ans.jp/wp-content/themes/the-answer-pc-v2/common/img/logo_c1.png)










