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5歳で死別、父はW杯3大会の怪物FW 愛された「万吉」のDNAとラグビー人生…ただ一つ、真逆だった才能――東海大・渡邊拓斗

関東大学ラグビーリーグ戦グループで連覇を目指す東海大に、4年生の今春LOからPRに転向して公式戦デビューに挑む“原石”がいる。渡邊拓斗。186cm、123kgの恵まれたサイズは父親からの“遺産”でもある。父の名は渡邊泰憲。1999年からワールドカップ(W杯)に3大会連続出場して日本代表キャップ32を持つレジェンドは、誰からも「万吉」と呼ばれた愛されキャラでもあったが、引退直後の2010年に不慮の死を遂げた。父親と同じラグビーを選んだ息子は、何故大学最終学年からPRに挑むのか。支えてきた関係者の話を交えて、5歳で死別した父について、そしてポジション転向の思いを聞いた。(取材・文=吉田 宏)

今春からPR転向した東海大・渡邊拓斗(左)、父・泰憲さん譲りの体格で奮闘する【写真:吉田宏(左)、東芝ブレイブルーパス東京提供】
今春からPR転向した東海大・渡邊拓斗(左)、父・泰憲さん譲りの体格で奮闘する【写真:吉田宏(左)、東芝ブレイブルーパス東京提供】

父・泰憲さんは2010年に不慮の死 4年春からPRに転向した“原石”

 関東大学ラグビーリーグ戦グループで連覇を目指す東海大に、4年生の今春LOからPRに転向して公式戦デビューに挑む“原石”がいる。渡邊拓斗。186cm、123kgの恵まれたサイズは父親からの“遺産”でもある。父の名は渡邊泰憲。1999年からワールドカップ(W杯)に3大会連続出場して日本代表キャップ32を持つレジェンドは、誰からも「万吉」と呼ばれた愛されキャラでもあったが、引退直後の2010年に不慮の死を遂げた。父親と同じラグビーを選んだ息子は、何故大学最終学年からPRに挑むのか。支えてきた関係者の話を交えて、5歳で死別した父について、そしてポジション転向の思いを聞いた。(取材・文=吉田 宏)

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「いい感触ですか? スクラムの部分で考えると、まだ(力を)出せてなかったと思います。結構酷かったですね。何がダメなのかを知れた試合です」

 巨体を揺らしながら、東海大でのPRデビューを渡邊拓斗はそう振り返った。5月5日に行われた同志社大との招待試合。昨季までのLOから転向して初めて「3」を背負った対外試合での厳しい自己採点は、謙虚さばかりではない。相手にスクラムで組み負けて何度も押し込まれた。だが、この“素人PR”の話ぶりには、新たな挑戦の第一歩を踏みしめたという充実感が滲んだ。拓斗の名前をPRでは初めて先発メンバー表に書き込んだ木村季由監督が、大抜擢の理由をこう話す。

「今はまだ期待値の中で見ています。でも、身体的な強さは持っている。そこはPRとしてスクラムでも生かせるはずです。去年までのLOでの経験で、フィールドプレーは強いですし、コンタクトもいい。ボールキャリーはするしタックルも行く。この武器を、PRになってどう発揮していけるのか。スクラムを組んで消耗する中で、これからどこまで出せるのかでしょうね」

 身体的、つまり素材としては申し分ない。そんなポテンシャルを秘めながら今シーズンからPRに本格挑戦する拓斗だが、指揮官はもう一つの“資質”を読み取っている。

「PRを目指すんだという彼の目標と行動が一致していることです。すごく謙虚だし、吸収力もある。スクラム練習があると担当のコーチにも、これはどうだああだといろいろ聞いて何かを得ようとしている姿勢が、拓斗をぐっと成長させている。転向した最初は『間に合うかな』『間に合えばいいね』だったが、その加速感で『行けるんじゃないか』という期待感に変わってきた」

 ラグビープレーヤーとしての足跡は、強豪・東海大に集まる学生の中では異質な部類だ。中高一貫で東京・帝京中高に通ったが、ラグビー部は系列の帝京大のような日本一を争う常勝軍団とはかけ離れていた。

「中学からラグビー部です。小学校までは水泳、野球をしていたので、もともと入るつもりじゃなかった。でも、部活の体験会でたまたまラグビー部があって、やってみようという感じでした。高校は、花園(全国高校ラグビー大会)の東京予選も1回戦敗退が普通という実力でした。15人制のいわゆる公式戦では、たぶん僕は3年間で1度も勝ってない。部員もぎりぎり15人。怪我人が出れば試合が出来ないレベルです」

 当初は帝京大へエスカレーター式に進学を予定していたが、それは一般学生としてだった。全国屈指の大学チームから誘われたわけでもなければ、そこで挑戦したいという野心もなかった。

「もともと大学でラグビーやるつもりじゃなかった。帝京高からラグビーを続けようと帝京大に行く人はなかなかいなかった。でも、高2の時に1つ上の先輩が大学でもラグビーを続けるというので、僕もどこか他の大学で挑戦したいなという気持ちになりました」

 進路を悩む中で連絡した人物がいた。

「拓斗がお腹の中から知り合いですから」

 そう言って豪快にカラカラと笑ったのは釜澤晋。学生時代は当時猛威を振るっていた大東文化大で、188cm、108kgのパワフルなLOとして活躍。東芝府中(現東芝ブレイブルーパス東京)でも、FW戦を伝統にするチームの肉弾戦の核として圧倒的な存在感を見せてきた。今は“武闘派”からネクタイ姿のBL東京営業部長に転じているが、“ある出来事”から拓斗を我が子のように見守って来た。

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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