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日本が「ラグビー先進国になるチャンス」 W杯“再誘致”の勝算、協会新会長が語る夢

土田会長が大切にしている夢を共有する力

 このようなビジネスマンとしての視点を持ちながらも、土田会長が大切にしているのは、やはりラグビーへのパッションであり、どれだけ多くの人たちと、夢を共有できるかだ。

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「ワールドカップ招致のメンバーを誰にしようかという話は、もうしています。第三者委員会で組織を作ってもらい、協会理事会で議論していくことになるでしょう。でも、最近はガバナンスが大事だと審議に時間をかけていますよね。確かにそうです。でも、先のことを夢語るようなことをしないと、なかなか難しいこともある。ワールドカップを呼んでくる。そのためには、代表強化がすごく大事になるし、就任挨拶でも話したように協会が世界一にならないといけない。こういう取り組みをはっきりと発表しながら、日本ラグビーを変えていくことが必要だと思います」

 ライバルとして、仲間として、ともに戦い続けてきた平尾さんを失ったが、物語は終わらない。日本代表はさらなる高みへ。日本でもう一度、世界の祭典を開く。

 2人の少年が出会ったあの夏の日から、楕円球の夢は膨らみ続けている。

【前編】日本ラグビー協会新会長は敏腕営業マン ファン拡大へ、盟友率いるリーグと連携強化
【中編】亡き盟友・平尾誠二との約束 協会新会長として受け継ぐ“日本ラグビー改革”の遺志

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

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土田 雅人

日本ラグビーフットボール協会会長 
1962年10月21日生まれ、秋田県出身。名門・秋田工高で頭角を現すと、同志社大に進学し平尾誠二らと大学選手権3連覇を果たす。卒業後はサントリーに入り、ラグビー部で活躍。95年に現役を引退してサントリー監督となると、1年目で日本選手権優勝に導いた。97年からは日本代表フォワードコーチとなり、監督となった平尾を支えて99年W杯を経験。2000年からは再びサントリーを率いた。本業でも要職を歴任するなか、15年に日本ラグビー協会理事に、今年6月には新会長に就任した。

吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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