[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

  • HOME
  • 進路選択
  • 選手を悩ませる「引退後」問題 杉山愛は「100のやりたいこと」をノートに書いた

選手を悩ませる「引退後」問題 杉山愛は「100のやりたいこと」をノートに書いた

引退後の人生をどう送るのか。その不安は、例えトップアスリートであっても抱えている。日本を代表する女子プロテニスプレーヤーとして、輝かしい戦歴を残した杉山愛さんもその一人。引退後、自分の道を見失いかけたとき、彼女を救った行動とは?

日本の女子プロテニスを牽引した杉山愛さん【写真:Getty Images】
日本の女子プロテニスを牽引した杉山愛さん【写真:Getty Images】

トップ選手でも抱える引退後の不安、杉山愛さんを救った「ノート」とは

 引退後の人生をどう送るのか。その不安は、例えトップアスリートであっても抱えている。日本を代表する女子プロテニスプレーヤーとして、輝かしい戦歴を残した杉山愛さんもその一人。引退後、自分の道を見失いかけたとき、彼女を救った行動とは?

 ◇ ◇ ◇

「――引退後、私はいったいどうなるのだろう?」

 現役時代、女子ダブルスでは世界1位に、シングルでも最高8位にランキングと、日本の女子プロテニスを牽引する存在だった杉山愛さん。そんな彼女も、引退後については漠然と不安を抱えていたという。

「私は4歳で、テニスに出会ってしまった。17歳でプロになり、以降17年間、自分がもっとも大好きなテニスを続けながら『私にとってこれ以上の仕事はない』と常々、思っていました。競技人生が終わったら私はどうなるのだろう? 何をやればいいのだろう? 引退後を考えると不安ばかりでした」

 最初に思い浮かんだのは指導者としての姿だった。杉山さんは“小柄”という肉体的ハンディを克服するため、あらゆるトレーニングを取り入れ、自分を追い込み、鍛えてきた。その経験を活かせるのではないかと考えた。

「でも、選手に帯同するツアーコーチの生活は、選手の延長線上といえるほど過酷。だったら選手をやっているほうがいいな、と(笑)。17歳でプロになってから転戦・転戦の日々だったので、まずは落ち着いた生活を送りたかった。将来的に指導者を目指すとしても、一呼吸置きたかったんです」

 とはいえ、引退直後は旬の人。連日、メディアからは引っ張りだこで一呼吸する間もなかった。しかしこれは「想定内」。「当時の仕事は、プロテニス選手としての役目の一つ。かなりハードなスケジュールではありましたが、近いうちに落ち着くとも考えていました。それに、今まで応援してくださった方々へ、お礼を言えるいい機会でしたから」

1 2 3

長島 恭子

編集・ライター。サッカー専門誌、フリーランスを経て編集ユニット、Lush!を設立。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌、WEBなどで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『肩こりには脇もみが効く』(藤本靖著、マガシンハウス)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。

全国高体連公式 インターハイ応援サイト
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
スマートコーチは、専門コーチとネットでつながり、動画の送りあいで上達を目指す新しい形のオンラインレッスンプラットフォーム
SPORTS JAPAN GATHER: スポーツメディア ギャザー