「普通ならビビるところですよ」 陸上界の怪物・後藤大樹はなぜ17歳でアジアNo.1に迫れた…戦術も任せた洛南監督の証言

なぜ高校2年生が、47秒93という破格のタイムで銀メダルを獲得できたのか
若手選手がシニアの国際大会に出場した場合、国内大会で見せた力を発揮できないことも多い。後藤が驚愕のパフォーマンスができた理由は何だったのか。後藤本人と柴田監督の話を総合すると、普段通りの走りをしようとしたこと、短距離のスピードが上がっていたこと、後藤が大舞台でも落ち着いていられること、などが理由に挙げられそうだ。
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日本選手権では柴田監督から後半の200mを、普段行っているミニハードルの練習と同じ感覚で走るようにアドバイスがあった。アジア大会ではどうだったのだろう。
「レースプランに関しては今回、柴田監督から何かを言われることはなかったです。大人の世界、アジア大会という舞台を楽しめよ、とだけ言われました」
柴田監督はその理由を「ヨンパー(400mハードル)を知らない私の指示が、このレベルの国際大会で通じるわけはありません」と説明した。
柴田監督は今年13回目のインターハイ総合優勝を達成した指導者で、陸上競技全般を指導しているが、現役時代は走幅跳選手で1988年ソウル五輪代表だった。400mハードルのインターハイ優勝者も育てたが、50秒台の高校チャンピオンと後藤では次元が違うという。レース当日の戦術については何も言わなかった。
ただ、今の力を出し切ることに関しては、「ずっとやってきたことですから、そこを改めて言うことはなかったですね」と明かす。日本選手権のときの“後半200mをミニハードルのつもりで”というアドバイスも、普段の練習をイメージさせる内容だった。
アジア大会では前半が速くなってしまったが、練習や200mのレースでは日本選手権前よりスピードが上がっていた(9月6日に200mで、追い風参考記録ながら20秒19と高校記録を上回るタイム)。「想定したプランなんてありませんよ」と柴田監督は強調したが、アジア大会の前半が速くなっても対応できる下地はできていた。
そもそもアジア大会期間中は、選手団に入っていない柴田監督がアドバイスできることは限られていた。ウォーミングアップも選手村での行動も、後藤が自分で判断して行動に移した。
「その状況は当初からわかっていたことで、ここで色々なことを判断させる力をつけさせたいと考えていました。僕の言った通りのことをするのが正しいわけでもないし、後藤が自分の考えの中で1つ1つ対処しました」
後藤に任せたのはアジア大会を、「全てのことが経験と吸収です」と位置づけていたからだろう。高校生をさらに大きく成長させるには、結果にこだわるべきではない、と柴田監督は考えた。
だが唯一、結果を気にしたのが予選だった。
「一番怖いと思っていました。キャリアのない選手は、(オーバーペースやウォーミングアップのやり過ぎなど)どうなるかわかりませんから、慎重に行かせました。ちゃんと走ることができたので、メダルくらいは何とかなるかな、と感じました」
柴田監督が「ふてぶてしい」と感じることもある後藤の性格が、大舞台でも平常心でいられることにつながっているのだろう。
「普通だったらビビるところですよ。彼は淡々とやることをやっていました」
後藤本人は金メダルと日本記録を目標にはしていたが、柴田監督は必要以上に結果を求めず、普段やっていることでアジア大会に挑戦させた。高校生としてできることをやればいい、というスタンスが好結果につながった。
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