中学も高校も「なんか常に崖っぷち」 2軍首位打者を独走、遅咲き25歳の逆転劇…MLB右腕と意外な縁

千賀から3打数3安打も…ドラフト指名がなかった4年間
大分ではNPBキラーとして名をはせた。1年目の6月、調整で3軍交流戦に登板した千賀滉大投手(ソフトバンク=現メッツ)から3打数3安打。上の世界を目指していけるのではないかと思える打席だった。
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「3月に開幕して、5月くらいまで本当に打てなかった時に試合があったんですよ。その時はたまたまだと思ったんですけど、ちょっとずつ打てるようになって……」
ソフトバンク3軍との交流戦が多く組まれる環境で自信をつけていった。他にも「大津(亮介)投手も2安打、大関(友久)投手も2安打、あと杉山(一樹)投手からも打って……」。2年目になると、スカウトが見ているという話も耳に入るようになる。遠く感じたプロ野球が、意外と手の届くところにあるのではないかと感じ始めていた。
「夢だったものが、現実に目指せるのではないかと思うようになりました。4年間やって、成績が良かった年もあったんですけど、結果的にはドラフトにかからなくて……」
昨年は、よりスカウトの目につく環境を求めて、BCリーグの茨城へ移籍した。「年齢的にも、同じ独立リーグでやるのなら、例えば長打力を上げるとかちょっと変わった一面を見せないと、インパクトがないと思ったんです」。スイングをより強く、結果的に長打も増やしたいと肉体と打撃の改造に踏み切った。打率.299、35盗塁という成績を残したが、またもドラフト指名はなかった。20代も後半に入り、オフにはさらに決断を迫られた。
「結果的にまたドラフトにかからなくて。そこでもう1年独立リーグでやるというのは、ちょっと上への現実味がなくなると思ったんです」。考えたのが2軍球団でのプレーだった。オフのトライアウトを受け合格。「このカテゴリーで数字や印象を残せたほうが、ラストの勝負となったときに評価を高められると思ったんです」。実はハヤテのトライアウトには1年前に落ちている。合格できたことがレベルアップの証拠だった。
「どうせこのレベルで勝負するなら、元々の自分のスタイルで勝負したいな」と、コンタクトとスピードを重視する打撃に戻してみると、茨城で過ごした1年は決して無駄ではなかった。体の強さがプラスされて「それがうまくはまった感覚はあります」。独立リーグでの5年間が、現在NPB2軍で残す好成績のベースになっているのだ。
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