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W杯期間中、解説話題の久保竜彦が50歳に 泣いた先輩…明かされる人生No.1ゴール「あのジュビロ戦よ」

ドラゴンが半世紀を生きた。サッカー元日本代表FW久保竜彦さんが18日、50歳の誕生日を迎えた。現役時代、強烈な左足と規格外の身体能力を武器に活躍。今もファンの間で語り継がれる伝説のストライカーにとって、北中米ワールドカップ(W杯)の期間中に節目の一日となった。

THE ANSWER編集部でオランダ―日本戦を見つめる久保竜彦さん【写真:清水孝司】
THE ANSWER編集部でオランダ―日本戦を見つめる久保竜彦さん【写真:清水孝司】

北中米W杯はTHE ANSWERの解説が話題に

 ドラゴンが半世紀を生きた。サッカー元日本代表FW久保竜彦さんが18日、50歳の誕生日を迎えた。現役時代、強烈な左足と規格外の身体能力を武器に活躍。今もファンの間で語り継がれる伝説のストライカーにとって、北中米ワールドカップ(W杯)の期間中に節目の一日となった。

 久保さんは筑陽学園高(福岡)を経て、1995年にJ1のサンフレッチェ広島加入。先輩だった森保一(現日本代表監督)とは7年プレーし、自身が結婚する際は婚姻届の保証人になってもらった。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇を達成するなど、エースとして君臨した。

 1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は主力として多くの得点を記録した。腰や膝など度重なる怪我により、2006年W杯ドイツ大会は落選したものの、「もし、ドラゴンが万全だったら……」と今なおファンの間でタラレバが語られる存在だ。

 引退後は山口・光市の港町に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど異色のセカンドキャリアを歩む。2024年2月に初孫が誕生。前回のカタールW杯に続いて今大会もTHE ANSWERで解説を務め、日本代表戦を分析。独特の視点と語り口で斬る記事が早速好評を呼んでいる。

 15日のオランダ戦で編集部を訪れた際、18日の誕生日について「おお、そうよ。別に(特別な予定は)なんもないよ。この歳(50歳)やで」と語っていたものの、勝ち点3が欲しい次戦の21日・チュニジア戦については「楽しみよな。勝ったら盛り上がるやろな」と期待していた。

 長いキャリアで記憶に残るゴールを数々記録したドラゴン。

 広島時代、「めんどくさかったから」とトラップせずに決めたジャンピングボレー弾。横浜FC時代、ひょっとこダンスを繰り出した40メートル弾。日本代表時代、一人で持ち上がり欧州強豪チェコをアウェーで粉砕したドリブル突破弾――。

 そのなかで「自身No.1ゴールはどれですか」と聞いてみた。

「あのジュビロ戦よな」

 2003年、前後期制だったJ1の第2ステージ、3位で迎えた最終節・磐田戦。

 雨の横浜国際競技場(現・日産スタジアム)。前半2分に失点し、15分に味方GKが退場。1人少ない状態でプレーした。後半5分に追いつくと、後半アディショナルタイム、久保が信じられない跳躍力から頭で合わせ、決勝ゴール。大逆転で第1ステージと合わせた完全優勝を達成した。

「大さん(敬愛していた先輩の故・奥大介さん)、泣いとったもんな。試合中、(退場者が出て)俺がいらいらしてて。『落ち着け、チャンスあるから』と言われて。あのジュビロに勝ちたかったんよ。大さんは(2001年オフに)ジュビロを出されて。みんな勝ちたかった。俺が決めて、大さん泣いとったのを覚えとるな。で、そのあと、岡田さん(岡田武史監督)、(歓喜の輪で)メガネ壊れたっけ」

 現役時代は無口でぶっきらぼうなキャラクターで知られたドラゴン。しかし、誰よりも情に厚い人間だったことは50歳の節目に記しておきたい。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)



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