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環境を変えることは「逃げじゃない」 異文化で崩れた常識…自宅に見知らぬ男、シャワーはお湯出ず

「日本初の視覚障がいJリーガー」として話題になったアスリートがいる。2025年にJ3・高知ユナイテッドSCでプレーした松本光平(36)だ。6年前に右目の視力を失い、左目の視力も大幅に低下する大怪我を負った。幾度の困難を乗り越え、今もなおピッチに立つ思いを、「THE ANSWER」が全3回にわたってお届けする。第2回は「海外挑戦のススメ」。(取材・文=THE ANSWER編集部・戸田 湧大)

バヌアツのマランパ・リバイバースFCでプレーした松本光平(中央右)【写真提供:(C)ONE CLIP】
バヌアツのマランパ・リバイバースFCでプレーした松本光平(中央右)【写真提供:(C)ONE CLIP】

「日本初の視覚障がいJリーガー」 松本光平インタビュー第2回

「日本初の視覚障がいJリーガー」として話題になったアスリートがいる。2025年にJ3・高知ユナイテッドSCでプレーした松本光平(36)だ。6年前に右目の視力を失い、左目の視力も大幅に低下する大怪我を負った。幾度の困難を乗り越え、今もなおピッチに立つ思いを、「THE ANSWER」が全3回にわたってお届けする。第2回は「海外挑戦のススメ」。(取材・文=THE ANSWER編集部・戸田 湧大)

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 初めてプロとしてピッチに立ったのは25歳だった2014年秋。オセアニアの強豪クラブ、オークランド・シティFC(ニュージーランド)だ。FIFAクラブワールドカップ(W杯)出場の常連としても知られる。松本の狙いもこれだった。

「『Jリーグに行くためにはJリーグよりも上のカテゴリーというか、上の大会からじゃな
いと取ってくれない』と思ったので。クラブW杯に出て、結果を出してJリーグに逆輸入で戻るっていう目標を立てて行ったのがニュージーランドですね」

 公式戦に出場し、得点するなどアピールに成功。ただ、同年12月のクラブW杯本戦のメンバー表に松本の名前はなかった。有名クラブのスカウトも注目する、大きな大会に出場することでステップアップを目論んでいた中での出来事に動揺が隠せなかった。

「もっと若い選手が同じポジションにいて。チャンスを与えたいからと外されて。それがめちゃくちゃ悔しかったです。出場した選手がステップアップする姿を目の前で見せられて……。意地でもクラブW杯に出場して、結果を出してやる、と」

 シーズン終了後に契約満了で退団すると、同リーグのホークスベイ・ユナイテッドを経て、2017年2月にフィジーのレワFCに加入。新天地での日々は驚きの連続だった。

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