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「明日はクビ」の不安は人を伸ばすか、潰すか 戦力外→NPBで再生…元助っ人2人に見る“競争”の功罪

元日本ハムのニック・マルティネスの場合

 ひとりはレイズのニック・マルティネスである。2014年にレンジャーズからメジャーデビューし、2017年までは先発をしながら中継ぎでも投げた。メジャーデビューしてからもマイナーとメジャーを行き来する状態が続き、17年オフに球団から来季の契約を提示されず、ノンテンダーFAとなった。2018年1月に日本ハムと契約した。

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「なぜ、日本に行くことを決めたのか」とシンプルに聞いた。

 そうすると彼は「2017年当時、メジャーで過ごした最初の数年間、僕は“デプス要員の投手”というレッテルを貼られていました。つまり、トリプルAにいて、必要になれば呼ばれて、そして場合によってはDFA(40人枠から外される)されたり、オプションでまた落とされたりするような投手、ということです。僕はそのレッテルが好きではありませんでした。そこで、僕は、日本で成功した投手のほうが、トリプルAで成功しただけの投手よりも、メジャー契約を得るうえでより良い機会を持てる、ということに気づきました。だから僕にとって日本に行くことは、自分の技術を磨くこと、高いレベルの野球でプレーし続けること、そしてメジャー球団からある程度の知名度を得てメジャーリーグの球団でプレーする機会を得ることに賭けることだったのです」と答えた。

 この答えを受けて「あなたがいうようにメジャーリーグでは、NPBよりも頻繁にDFAになる。そういう点ではNPBのほうがもう少し落ち着いて自分の投球をよりよくできる余裕があったか」と聞いた。

「僕個人としては、ファイターズの大きな信頼を感じました。自分がしっかり投げることを必要とされている、うまく投げることを期待されている、そう感じたんです。ありがたく思いました。その当時、レンジャーズからはそういう感覚をあまり得られていませんでした。だから、チームが自分を信頼していて、チームの成功のために自分が本当に必要とされている、そう感じられたことが、自信を大きく与えてくれましたし、もっと自由に、もっと強い情熱を持ってプレーすることを可能にしてくれました。日本に行ったことが、自分の野球への情熱をもう一度よみがえらせてくれたからです。だから、その点には強く同意すると言えます」

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谷口 輝世子

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。近著に『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのか――米国発スポーツ・ペアレンティングのすすめ』(生活書院)ほか、『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。

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