織田翔希、米挑戦表明にNPBからの声「止めようがない」 大谷翔平から14年、始まる流出「今の日本にできることは…」
プロ野球ドラフト会議の目玉として注目されていた織田翔希投手(横浜高3年)が15日、同校で記者会見を開き、日本のプロ野球を経るのではなく卒業後すぐに米国球界に挑戦すると意思表明した。1位指名レベルの選手が“米国直行”を口にする衝撃。今後のアマチュア有望選手の進路選択に影響するのは間違いない。ただこれはもう、止められない流れだという。あるNPB球団の現役フロント幹部の言葉から、日米それぞれの変化をひもとく。

「テレビも新聞も大谷」最初から夢はNPBではなくMLB
プロ野球ドラフト会議の目玉として注目されていた織田翔希投手(横浜高3年)が15日、同校で記者会見を開き、日本のプロ野球を経るのではなく卒業後すぐに米国球界に挑戦すると意思表明した。1位指名レベルの選手が“米国直行”を口にする衝撃。今後のアマチュア有望選手の進路選択に影響するのは間違いない。ただこれはもう、止められない流れだという。あるNPB球団の現役フロント幹部の言葉から、日米それぞれの変化をひもとく。
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「もう、しょうがないと思いますよ。止めようがない」
こう口にするのは、ある球団の現役幹部だ。「もう何年も、テレビも新聞も大谷でもってるような状況でしょ。プロ野球なんて見たこともなく、最初からメジャーの選手に憧れて野球をやっている選手もたくさんいる。そういう選手に向けて、アメリカに行くなって我々が言えるのかという問題」。野茂英雄が1995年に海を渡ってから30年以上がたつ。その後もイチロー、松井秀喜とスターが米国で活躍する姿は、日本を熱狂させた。その極め付きが大谷翔平。今やメジャーリーグは、日本の少年少女に直接のきっかけを与える存在なのだ。
これまでにも上位指名が確実視された選手が、日本のドラフトにかかるのではなく米国で挑戦したいと表明するケースはあった。
2012年10月21日。花巻東高の3年だった大谷翔平投手は、日本のドラフト直前に同校で会見を開いた。「メジャーリーグへの憧れが強かった」「自分の意見と両親、周りの意見が食い違うところもありましたが、自分の意見で最終的には決めた。マイナーリーグからかもしれないが、自分自身が納得のいく結果を残したい」と口にし、NPB球団に暗に指名を控えるよう求めた。ただドラフト当日、日本ハムだけが大谷を指名。1か月以上に及ぶ交渉期間を経て、入団に導く。
この際、説得材料の一つとされたのが、米国と日本の選手育成事情の違いだった。日本ハムは、当時の韓国では国内プロ野球入りせず、直接MLB球団と契約する選手が多かったことに注目。その成功率が決して高くないことを、資料まで作って大谷に伝えた。
米国と日本では、選手の母数が全く違う。米球界が、競争と淘汰の結果スーパーな選手が残っていく世界なのに対し、日本の球団は迎えた選手を手厚く育てようとする。そんな違いがあったのは事実だ。
ただ、その米国球界も変わりつつある。前出の幹部は言う。「育ってくるのを待つという感じではもうないね。昔とはコーチの数からして違う。マイナーリーグだと監督と打撃、投手部門にひとりずつみたいなチームがほとんどだったけど、今は部門ごとに複数いるところが多いし、巡回コーチやコーディネーターもいる」。データ部門の進化がそれに拍車をかけた。投球数や練習量が厳密に管理されるのは、マイナーでも同じ。さらに海外からやってくる選手には、球団側が通訳を付けるケースも増えているという。
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