7年ぶりV、涙の主将が背負った約束 急性白血病の友へ「絶対勝つ」1点死守、見えない力の後押し――ブレイヴキングス刈谷・渡部仁
大切な友の思いを背負って――。ハンドボール・リーグH男子のプレーオフで、ブレイヴキングス刈谷が7年ぶりの優勝を果たした。刈谷は14日に東京・代々木第一体育館で行われた決勝で6連覇を目指す豊田合成ブルーファルコン名古屋と対戦。ライバルに28-27で競り勝ち、レギュラーシーズンと合わせて初の完全優勝を達成した。

ハンドボール・リーグH男子
大切な友の思いを背負って――。ハンドボール・リーグH男子のプレーオフで、ブレイヴキングス刈谷が7年ぶりの優勝を果たした。刈谷は14日に東京・代々木第一体育館で行われた決勝で6連覇を目指す豊田合成ブルーファルコン名古屋と対戦。ライバルに28-27で競り勝ち、レギュラーシーズンと合わせて初の完全優勝を達成した。
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渡部仁主将(36)が涙をこらえ、スタンドに向けて絶叫した。「お待たせしました!」。5年連続の決勝進出、そのたびに跳ね返された豊田合成の大きな壁。「期待してくれる人も多かったので。やっと、優勝することができました」と笑顔で話した。
報告したい盟友がいた。11年の同期入社で、ともにチームを引っ張ってきた津屋大将(だいすけ)さん。「職場のフロアも一緒で、家族ぐるみの付き合いなんです」。2年前、プレーオフ決勝を最後に引退。「優勝で送り出したかったけれどできなかった」。RBとして、CBの津屋さんとはプレーでもコンビを組んできた。だからこそ、最後に一緒に優勝できなかったことを残念がった。
津屋さんが病に倒れたのは昨年12月、急性白血病だった。4か月以上の入院で今年4月末に退院。「お見舞いは行けなかったけれど、連絡はとっていました。大変そうだったけれど、ただ頑張れと」。病魔と闘う友とともに、渡部は7年ぶりの優勝を目指して戦った。
プレーオフのために上京する前日の11日、津屋さんがチームを激励するため体育館にやってきた。「まだ体力は戻らず、階段も辛そう。まだまだリハビリも大変なのに、優勝して欲しいと来てくれた。うれしかったですし、彼のためにも勝たなければと思いました」。
2人で話すうちに、津屋さんがつぶやいた。「スポーツの力って本当にあるなって。勇気をもらえるとか、元気になるとか、よく言うじゃないですか。あれ、本当なんですよ」。プレーオフで頑張ることが、津屋さんの回復にもつながる。気持ちは高ぶった。
試合中、スタンドを見上げると「津屋大将」と書かれた応援タオルが振られていた。「本人が来ていたわけではないけれど、胸が詰まりそうになって、やばかったです。絶対に勝つ、勝たなければと」。1点リードで迎えた豊田合成の最後の攻撃、チームが1つになって守り切れた裏には津屋さんの力があったのかもしれない。
「優勝できずに辞めていった仲間がたくさんいる。応援してくれる家族も、同僚も、ファンの方たちもいる。たくさんの人たちの思いを背負ってプレーできることは、本当に幸せだと思います。2連覇、3連覇したいし、多くの人に喜んでほしい」。津屋さん、そして多くの人たちの顔を思い浮かべながら渡部は言った。
今季6年ぶりにキャプテンに復帰した。「ラース(ウェルダーヘッドコーチ)に頼むと言われて、最初は驚きました」。シーズン序盤は苦しんだが、コミュニケーションを大事にチームは好転。頂点にたどりついた。7年前の初優勝時もキャプテンだった渡部は「自分で言いたくはないけれど、僕、持っているんです」と笑った。
「やっぱり、優勝しないと。準優勝では、誰もおめでとうとは言ってくれないですから」。苦しい道のりの先に、ようやくつかんだ7年ぶりの栄冠。「津屋も、喜んでくれます」。大切な友との約束を果たした36歳のキャプテンは、最高の笑顔で言った。
(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
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