前代未聞の“誤内定”も…「もっと強くなればいい」 陸上十種・右代啓祐が競技生活に区切り 他人を批判せず、真っ先に気遣う立派な男
陸上の男子十種競技で、16年リオデジャネイロ五輪では旗手を務めた39歳・右代啓祐(国士館ク)が第一線を退く意向を表明した。12位だった日本選手権混成競技(岐阜)から一夜明けた8日、自身のSNSを更新。「十分すぎるほど競技と向き合い、お腹いっぱいになるまで十種競技を味わうことができました。たくさんの仲間や支えてくださった方々のおかげで、最高に楽しい競技人生でした」と競技生活の一区切りを報告した。

右代啓祐という男
陸上の男子十種競技で、16年リオデジャネイロ五輪では旗手を務めた39歳・右代啓祐(国士館ク)が第一線を退く意向を表明した。12位だった日本選手権混成競技(岐阜)から一夜明けた8日、自身のSNSを更新。「十分すぎるほど競技と向き合い、お腹いっぱいになるまで十種競技を味わうことができました。たくさんの仲間や支えてくださった方々のおかげで、最高に楽しい競技人生でした」と競技生活の一区切りを報告した。
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身長196センチ、体重95キロ。異名は「和製ヘラクレス」で圧倒的な身体能力を誇る。同時に多くの関係者が口をそろえるのは、右代啓祐という人間としての器の大きさ、心の強さだった。
象徴的に思い出す場面がある。7年前の「誤内定事件」(※後述)だ。19年9月の世界選手権ドーハ大会の出場を巡るトラブル。簡単に記すと、日本陸連から同年6月に世界選手権の内定をもらったが、実際は世界陸連の出場基準を完全に満たしていなかった。日本陸連のルールの解釈ミスで、大会直前で突如、エントリーできないことを通告された。
その前代未聞の事実を右代本人が知らされたのは、開幕まで2週間を切っていた時だった。もちろん心の整理が簡単につくわけがない。右代は呆然としつつ、現実を受け止めた。そして指導を受ける国士館大の岡田雅次監督に、こう言った。
「もっと強くなればいいということですね」
泣き言も不満もなかった。やりきれない思いを抱えながら、ベクトルを自分に向けた。苦難を成長の糧にしようと、前を向いていた。右代の人柄について、岡田監督は言う。「本当に悔しいだろうけど、批判をしないんですよ。そういう立派な人間なんです」
己の心の強さに、他者への優しさを合わせ持つ。一連の事態が明るみに出た翌日の同年9月18日。岡田監督のスマホが鳴った。主は右代だった。
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