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「正しい言葉が話せなくても…」 15歳で受けた衝撃、未知なる環境で学んだ海外で生き抜く術

今シーズン開幕後にバスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースに加入し、ポイントガードとしてプレー時間を積み上げている岡田大河は、21歳ながら日本人選手として稀有なキャリアを歩んでいる。中学3年の9月にスペインへ渡ると、17歳の時に同国4部リーグでプロデビュー。フランスの強豪ASモナコに移籍すると、20歳で同国1部リーグ出場を果たすなど着実にキャリアの階段を上がってきた。後編では15歳で渡ったスペインでの刺激的な日々を回想。日本では味わえないような体験や学びを得て、バスケ選手としても、1人の人間としても大きく成長していった。(取材・文=青木 美帆)

10代でスペイン挑戦した岡田大河が当時を振り返った【写真:B.LEAGUE】
10代でスペイン挑戦した岡田大河が当時を振り返った【写真:B.LEAGUE】

岡田大河インタビュー後編

 今シーズン開幕後にバスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースに加入し、ポイントガードとしてプレー時間を積み上げている岡田大河は、21歳ながら日本人選手として稀有なキャリアを歩んでいる。中学3年の9月にスペインへ渡ると、17歳の時に同国4部リーグでプロデビュー。フランスの強豪ASモナコに移籍すると、20歳で同国1部リーグ出場を果たすなど着実にキャリアの階段を上がってきた。後編では15歳で渡ったスペインでの刺激的な日々を回想。日本では味わえないような体験や学びを得て、バスケ選手としても、1人の人間としても大きく成長していった。(取材・文=青木 美帆)

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 ◇ ◇ ◇

 前編で紹介したように、岡田はアメリカを拠点としていた父・卓也さんの影響で、幼い頃から毎年のようにアメリカに行き、そのバスケットを体感し、中学入学後には「高校から海外に出たい」という考えを持っていた。そんな彼は、なぜ中学卒業後の進路としてアメリカではなくスペインを選んだのか。その理由について岡田は、2012年のロンドン五輪男子決勝のアメリカ対スペインが明確なきっかけだったと話した。

「アメリカはNBAのすごい選手がいっぱい出てるのに、なかなかスペインとの点差が開かなかったどころか最後まで接戦だったんですよ。『レブロン(・ジェームズ)とかコービー(・ブライアント)とかKD(ケビン・デュラント)が出てるなら、当然40点差くらいつけてアメリカが勝つ』と思っていた僕としては面白くなかったし、『なんでこれだけメンバーがいるのに圧勝じゃないんだろう』と考えたけど、8歳の僕には理由は分からなかった。そこで初めてスペインに興味を持って、さらにお父さんの知り合いでヨーロッパにツテのある人から『スペインは世界ランキング2位の強豪だし、日本からバスケ留学している子はあまりいないし、行ってみたら面白いんじゃない?』と言ってもらったのがきっかけでした」

 中学2年になる前の春休み、岡田はその知人のツテで、バルセロナにある「C.B.ホスピタレット」の下部組織に1週間だけ所属し、その一員として地域の小さな大会にも出場した。そして、そこで繰り広げられる未知のバスケットボールに心が躍った。

「今まで自分が体験したことのないようなバスケ観を学びました。言葉はまったく分からなかったけど、バスケで通じるものがあって……。なんて言うんだろう、純粋にすごく楽しかった。言語が分からなくても楽しかったです」

 翌年も同時期にホスピタレットに行き、今度はローカルでなくフランス・パリで行われた大きな大会に出場した。すると高揚感は大きな危機感に変わった。

「いろんな国の同世代の選手が集まる大会だったんですが、同世代なのに体つきもバスケのレベルも強度もまったく違いました。1年の差にショックを受けて『絶対に海外に出ないと』と思いました」

 もっとうまくなりたい、もっとやらないとまわりに追いつけない──。岡田は中学入学以降、常に焦燥感に突き動かされるようにバスケットボールに励んできた。両親は息子の願いをスムーズに受け入れ、秋からの渡西を目指した準備が始まった。

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