「滅多に会えない父」への想いが原動力 中3でスペイン挑戦、21歳逸材が歩む異色のバスケ人生
今シーズン開幕後にバスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースに加入し、ポイントガードとしてプレー時間を積み上げている岡田大河は、21歳ながら日本人選手として稀有なキャリアを歩んでいる。中学3年の9月にスペインへ渡ると、17歳の時に同国4部リーグでプロデビュー。フランスの強豪ASモナコに移籍すると、20歳で同国1部リーグ出場を果たすなど着実にキャリアの階段を上がってきた。弱冠15歳にして、自ら海外挑戦の道を選択。決断の背景には、幼少期から見てきたアメリカを拠点に各地を飛び回る父の姿があった。(取材・文=青木 美帆)

岡田大河インタビュー前編
今シーズン開幕後にバスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダースに加入し、ポイントガードとしてプレー時間を積み上げている岡田大河は、21歳ながら日本人選手として稀有なキャリアを歩んでいる。中学3年の9月にスペインへ渡ると、17歳の時に同国4部リーグでプロデビュー。フランスの強豪ASモナコに移籍すると、20歳で同国1部リーグ出場を果たすなど着実にキャリアの階段を上がってきた。弱冠15歳にして、自ら海外挑戦の道を選択。決断の背景には、幼少期から見てきたアメリカを拠点に各地を飛び回る父の姿があった。(取材・文=青木 美帆)
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日本バスケ界における「海外挑戦」は、そのほとんどが「アメリカ挑戦」を意味する。県立能代工業高校を前人未到の高校9冠に導き、神童ともたとえられた田臥勇太(宇都宮ブレックス)がブリガム・ヤング大学ハワイ校に留学した2000年以降、数多くの若者たちが、世界最高峰のNBAがそびえ立つバスケットボールの本場に憧れて太平洋を渡った。
彼にもその選択はできた。むしろ、彼はそれを他の人よりも容易く選択できる環境で育った。しかし、自らの意志でそれを選ばず、アメリカ大陸とは真反対の方角へと飛び立つことを決めた。
今季、川崎ブレイブサンダースに加入した岡田大河は、15歳でスペインに渡り、17歳の時に同国リーグでプロデビューを果たすと、昨季までフランスの強豪ASモナコでプレーした。川崎にはシーズン途中の加入だったにもかかわらず、弱冠21歳とは思えぬ落ち着きとスキル、戦術眼を生かして存在感を発揮し、司令塔不足に陥ったチームを支えている。
岡田の人生は、スペインに渡る以前から実にユニークだ。
父の卓也さんはプロバスケットボール選手としてアメリカを拠点に活動し、オフシーズンは出張指導などで日本各地を飛び回っていた。岡田は静岡県で母と祖父母に見守られながら育ち、小学1年からバスケットボールを始めた。
岡田は当時の父との関わり方についてこう言う。
「お父さんとは基本、会える機会が少なかったです。日本に帰ってきている時も県外に行っていることが多かったし、家にいる時も僕が学校から帰ると指導に行っている。試合も毎回見に来てくれるというわけでもなかったですし、僕が普段どういう生活をしているかもあまり知らなかったと思います」
そもそも父は、息子のバスケットボールにあまり干渉しなかった。「『やりたくないならやらないでいいよ』と少し突き放す感じで、そこまで無理にやらせようとしてくる感じではなかったです。お父さん自身、『やるのは自分自身』が口癖でした」と岡田は振り返り、「滅多に会えない父に成長を見てもらいたい」という思いがバスケットに取り組む原動力だったと話した。
長期休みに入ると、岡田は母、姉の来夢(山梨クィーンビーズ)とともに父のいるアメリカに行き、NBAを観戦したり、NBAのチームや所属選手が主催するバスケットボールキャンプに参加したりと、さまざまな経験をした。「アメリカでバスケをやりたい」という思いは、ごく幼い頃から自然に育まれていった。
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