柔道の「柔よく剛を制す」は本当にあったのか 「言い訳だったのでは」と思い始めたかつての日本と世界、近年実った「剛」のカタチ
選手にとっての「夢舞台」でルール解禁と旗判定復活が持つ意味
全日本選手権が特別なのは、会場にいるとよく分かる。1965年から一部の例外を除いて4月29日に日本武道館で開催。前日に全日本高段者大会があるため(今年から日程変更)、この2日間に全国から柔道家が集まる。日本柔道界にとって、年1回の大イベントなのだ。
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柔道の大会は通常複数の試合場で行われるが、全日本だけは1回戦から1面だけ。五輪や世界選手権も準々決勝くらいまでは2、3面の試合場で行われるから全日本は特別なのだ。阿部は「会場が一体となって背中を押してくれた」と話したが、1回戦から会場内のすべての視線が集まるのだから選手にとっては「夢舞台」だ。
以前は五輪や世界選手権の重量級(100キロ級、100キロ超級)の代表選考対象大会だったが、20年東京五輪前から対象を外れた。早期の代表を内定したい強化策や日程の問題などが理由だ。大会の価値を損なう心配もあったが、逆に独自のルール採用などで新たな価値を創出するチャンスにもなる。実際に今大会は多くのスター選手が出場、スタンドは近年にない盛り上がりをみせた。
最も大きいのは、五輪翌年というタイミング。12年ロンドン大会を前に、IJFは五輪代表選考にランキング制を導入した。五輪に出るためには、国内選考とは別に五輪の2年前からは国際大会でポイントを稼ぐ必要がでてきた。28年ロス五輪3年前の今年はランキングの心配がないから、五輪を狙う選手たちも無差別に挑戦できた。
さらに、今年から組んだ状態での下半身への攻撃が解禁された。いわゆる「足取り」は16年にルールで禁止されたが、軽量級選手にとっては重量級選手に勝つための生命線。すぐに対応するのは難しい面もあるが、阿部が「チャンスが増えた」と話したように無差別大会に挑戦するきっかけにはなりそうだ。
昨年大会から8年ぶりに復活した「旗判定」も大きかった。これまでは、試合時間内でポイントによる決着がつかなかった場合はゴールデンスコア方式による延長戦を行っていたが、内容の優劣を主審、副審の計3人が判定して勝者に旗をあげる旧方式に戻した。重たい相手から技でポイントを奪うのは難しくても、積極的な攻撃で「印象点」を稼ぐことは可能。体力的にもハンディがある軽量級選手にとって、延長がなくなったことは間違いなくプラスだ。
来年以降も軽量級の選手たちが出場するかといえば疑問も残る。五輪代表争いが本格化すれば階級制の試合に専念する必要があり、ケガのリスクもある無差別の試合は敬遠されるかもしれない。それでも、選手たちの「無差別」への思いは強い。重量級選手のパワーに屈しながらも「また出たい」という選手は多いし、軽量級選手が出場しやすいように推薦枠拡大を望む声もある。
ただ、軽量級選手が「柔よく剛を制す」で優勝や上位入賞の成績が残せるかといえば現実的には難しいかもしれない。73キロ級で五輪連覇した大野将平は3度目の挑戦となった22年大会で初戦負けし「軽量級の限界を感じた。『柔よく剛を制す』は幻想」と口にした。小さい選手が大きな選手を投げるのは柔道のロマンでもあるが、やはり体をぶつけ合う格闘技として限界はあるのかもしれない。