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大学ラグビー関東王者が歌舞伎町で朝からゴミ拾い 異色の活動のウラに…セオリーに囚われぬ大東大黄金期復活への道

関東大学リーグ戦を制した大東大、指揮官が抱く危機感とは…
関東大学リーグ戦を制した大東大、指揮官が抱く危機感とは…

スポンサー獲得以外にも切実な問題が…

 魅力あるチーム作り。この目指すものには、スポンサー獲得以外にも切実な問題がある。大東大ラグビー部、そして所属する関東大学リーグ戦グループも含めて、指揮官は現状への危機感を指摘する。

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「対抗戦グループには伝統も実績もある。リーグ戦の中でも、大東大じゃなく2部リーグのチームに進学する高校生もいます。行きたい大学という理由でね。関西に残る子も以前よりも多いですよね。京都産業大や天理大は実力もあるし、サポートも手厚い。関関同立(関西の関西学院大、関西大、同志社大、立命館大の総称)のような人気のある大学にも進学したがっている。だから、ただ指を咥えているだけじゃいけないなと思っている。学校頼りだけじゃなくて、ラグビー部としても魅力を持たないといけないと思います」

 リーグ戦グループは、関東大学対抗戦グループ、関西大学リーグ諸校と大学選手権で覇権を争ってきた。2016年度には東海大が大学選手権決勝まで勝ち進んだが、その後はリーグ戦からのファイナリストはない。優勝は2006年度の関東学院大まで遡る。昨季までの3シーズンは、選手権で4強にすら進出できていないのが現状だ。実力低下が危惧されるのと同時に、例年NHKが全国中継するのが準決勝、決勝だけだということを踏まえても、スポンサーや有望な高校生を獲得するためにもリーグ戦グループの低迷が続けば深刻な問題だ。

 大東大も昨季リーグ戦で王座を奪還出来たことは大きなステップにはなったが、選手権では4強目前の準々決勝で関西2位の京産大に12-59と完敗して“全国中継”は果たせなかった。「魅力のあるチーム」を全国ネットで広めるためには、昨季のリーグ戦制覇から今季どこまで選手権で勝ち上がれるかがグラウンド上での大きなチャレンジになるが、ピッチの外でもチームの魅力、個性を発信することが重要になる。グラウンド内外でいかに魅力のあるチームを作れるか。指揮官が一つのモデルケースと考えているのは、1980-90年代の自分たち自身だ。

「やはり鏡さんの時は、大東大ラグビー部に魅力があったと思うんです。当時は留学生がいたのもほとんどウチくらいだったし、ラグビーでも他と違ったことをやっていた。そういうことも大きな魅力だった」

 酒井監督が名を挙げたのは鏡保幸元監督。トンガ王国からの留学生を擁して1986年度の大学選手権で初優勝を果たすなど、80-90年代に旋風を巻き起こした名将だ。日本の大学ラグビーは長らく早慶明ら伝統校が人気、実力ともに上位を占めていた時代が続いてきた。1964年の第1回大学選手権から四半世紀に渡り伝統校6校だけが王座を独占していたが、その“岩盤”に風穴を開けたのが鏡監督率いる大東大だった。

 大東大ラグビー部は、日本代表でも活躍したNo8シナリ・ラトゥらトンガ人留学生のプレーもファンを惹きつけたが、鏡監督がチームに落とし込んだ当時の国内大学チームでは斬新な、セオリーに囚われないプレーも魅力だった。

「外国人選手ってプロ野球にはいたけれど、他の競技ではあまりいなかった時代に、鏡さんが留学生を呼んできたり、他とは違うことをやっていました。技術面でも大東大が発信したものは結構あって、ドリフトディフェンスもそうだし、あんなに飛ばしパスをしていたチームも当時はなかったと思う。でも『飛ばしていいんだよ』と指導していたのが鏡監督だった。他のチームなら怒られちゃうような時代だったけれど、鏡さんは『それでいいんだよ。トライが獲れる、相手を抜けるんだから』と自由にプレーさせていた。オフロードパスも30年前にやってましたからね」

 当時の国内では珍しかった、防御ラインが揃って相手の攻撃をタッチライン際へと押し出すようにスライドしていくドリフトディフェンスを採用して、早稲田大のような展開力が武器の相手を封じ込み、選手個々の判断で、伝統校なら怒られそうなアメリカンフットボールのような片手でのオーバーハンドパスを放るなど自由奔放なプレーでラグビー界に新風を巻き起こした。好き勝手プレーしているようでも、合理的だと判断したプレーやスキルは迷わず取り入れていたのが鏡流だった。留学生のパワフルなプレーがクローズアップされがちだが、日本人部員でもFWに大型選手を集め、BKには日本代表で活躍したSO青木忍のような才能溢れる選手も集まっていた。

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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