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ラグビー日本代表も箱根駅伝出場校も活用 広がるスポーツのGPSデータで何が分かるのか

データ分析人材の育成とデータのオープン化が急務

 また慶應大学ラグビー部は同研究科とタッグを組み、GPSデバイスやドローンなどの最新機器をコンディショニングや戦術策定に積極活用。同部は昨年、明治大、帝京大といった強豪校に勝利し、大学選手権ベスト8入りを果たした。

 かつては猛練習で知られた慶應大学ラグビー部が、最先端のテクノロジーを駆使して勝利を狙うチームへと変貌を遂げたのは、SDM研究科の尽力も大きい。

神武「GPSデバイスやドローンなどを、コンディショニングや戦術策定に積極活用しています。例えば、GPSデバイスから取得したデータと撮影した映像を組み合わせ、選手たちに『ここで君がもう少し早くディフェンスの準備をできていれば、トライを防げたはず』というように、試合や練習のさまざまな局面での具体的課題を示しています。

 例えばGPSのデータを数字で見せるだけでは、それが具体的にいつのどのプレーだったかは思い出しにくい。そこで映像を一緒に見せると納得してもらえます。その反面、例えばある局面において極端にスピードが落ちている、といった場合は、映像よりも数字で見るほうが頭に入りやすい。そのように、GPSのデータと映像を状況によって組み合わせて示しています」

 今やトップレベルのスポーツチームでは、GPSのデータと映像の組み合わせは当たり前になりつつあるという。映像解析においては、カタパルト社も映像分析ソフト「Catapult Vision」をリリースし、加速度などGPSで取得したほぼ全てのデータを、自動で映像に同期できる。特にここ数年、GPSデバイスのデータ精度が高まったことで、さまざまなほかのテクノロジーとの組み合わせの可能性が大きく広がっている。

神武「慶應大学ラグビー部の強化において私たちが現在考えているのが、人工知能(AI)による機械学習の導入です。現状、GPSのデータや映像をチェックし、重要な局面や改善すべきポイントをピックアップするのはアナリストの仕事。試合の何倍もの時間を使って細かい分析を行っているので、機械学習などのテクノロジーを使って改善したいと考えています。

 練習や試合において、ピックアップすべきポイントをパターン化し、それをAIに学習させるのです。練習や試合のよかったポイントや課題をGPSのデータと映像からAIがピックアップしてくれれば、さらに効率的なチーム運営ができるでしょう。そうなるとアナリストには、データを料理する腕前が問われるようになります」

 最後に神武教授は今後の大きな課題として、データ分析とコーチングそれぞれのスキルを合わせ持った人材を育てること、そしてデータの標準化とオープンソース化の重要性について言及した。

「GPSなどテクノロジーのコモディティ化に伴い、今やスポーツチームは、競技をする人だけの集まりではなくなっています。今後はデータを扱える人材がどんどん増えていくでしょう。

 例えば慶應の野球部やラグビー部には、プレーをせずデータ分析を専門に行うアナリストが何人もいます。その中には、競技経験がまったくない部員もいる。今後はそういった人たちがさらに増える。そして将来、彼らがさまざまな企業や公的機関に就職し、日本のIT産業を支えていく。そんな可能性が広がっていると思います。

 今、さまざまな場所で『デジタルトランスフォーメーション(DX)』という言葉が使われるようになりました。学生時代にスポーツでDXのノウハウを身につけて、ビジネスで活躍する。そんな人材が出てくるはず。DXを体験し、学ぶ場としても、スポーツは最適ではないでしょうか。

 そして日本のスポーツの発展を考えると、各選手が取得したGPSなどのデータをオープンソース化し、各メーカーが横並びで同じデータを示せるよう標準化する必要があります。例えばプロスポーツでは移籍がつきものですが、チームによって使っているGPSデバイスが異なるため、新しいチームに移籍すると以前のデータとの比較ができない、といったことが起きています。取得データの開放と標準化は、今後の大きなテーマになるでしょう」

 テクノロジーの発展を、スポーツのさらなる普及に結びつけていく。そこにはさまざまな課題があるのは確かだ。ただ最新のツールを導入すればチームがよくなるかというと、話はそう単純ではない。スポーツチームの運営の基本にあるのは、あくまでヒューマンマネジメントだ。

 ただし今、GPSデータという新たな武器でパフォーマンスとコンディションを可視化し、よりよいチーム運営ができる可能性が広がっているのは間違いない。今後、ほかのさまざまなテクノロジーと組み合わせることで、さらに発展していくスポーツのデバイス・センシング開発。その未来を、引き続き注視していきたい。

<用語解説>

(1) センシング技術

 センサー(感知器)を使用してさまざまな情報を計測し、数値化する技術のこと。昨今、ウエアラブルデバイスなどを使ったスポーツ分野でセンシング技術の活用が進んでいる。スポーツ分野において計測して数値化できる情報は、位置や移動速度、生体情報(心拍、血中酸素飽和度など)などさまざま。それらは選手の動作解析やゲームの戦略分析などに生かされ、トップアスリートの競技力向上に貢献している。

(2) ジャイロスコープ

 センサー技術を用いて物体の向きや角速度を検出する計測器のこと。ジャイロセンサーとも呼ばれる。船や航空機に使われているほか、最近ではカーナビゲーションや自動運転システムなどにも応用されている。

(3) RHIE

 Repeat High Intensity Effortsの略で、指定秒数内に指定回数以上繰り返される高強度の運動を計測する指標のこと。アスリートが十分なリカバリーをせずに、高強度のエクササイズを繰り返し行った期間を特定することができる。負荷や疲労を見る一つの指標として、けがの抑制や疲労などの分析などに使われている。

■神武 直彦 / 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

 慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウエアの独立検証・有効性確認の統括および宇宙機搭載ソフトウエアに関するアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部アドバイザー、政府の宇宙、スポーツ戦略に関する各種委員を歴任。Asia Institute of Technology, Adjunct Professor, 博士(政策・メディア)

■佐々木 優一 / 株式会社ユーフォリア スポーツサイエンティスト

 1985年生まれ、奈良県出身。Florida Southern Collegeを経てミズーリ州立大学大学院でスポーツ医療とスポーツ外科リハビリテーションを学び、2016年よりオリンピック・パラリンピックマレーシア代表の専属スポーツセラピストに。2018年にジャパンラグビートップリーグ・トヨタ自動車ヴェルブリッツのRehab S&Cコーチ、2018〜2019年にはBリーグ・バンビシャス奈良のアスレティックトレーナー兼ストレングス&コンディショニングコーチを務め、2019年より現職。BOC-ATC、NSCA認定CSCS(Certified Strength and Conditioning Specialist)などの資格を持つ。

(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/

(前田 成彦 / Naruhiko Maeda)

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