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「カマモトさん以来やろ」 上田ヘッド弾、久保竜彦の衝撃…日本が40年待った“ホンモノのエース”の誕生

上田を絶賛した久保竜彦【写真:須河千晶】
上田を絶賛した久保竜彦【写真:須河千晶】

感じる将来性「レアルとかバルサ行けるんじゃないの。まだ27歳やし」

 完全に上田がエースやろ。(ファンの間で「久保竜彦以来の代表センターFW」という声もあると聞かされ)いや、俺はW杯出てないけんね。

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 そんなこと言ったら、もう釜本(邦茂)さん(1960~70年代に代表で活躍)以来じゃないの。なんか、安心できるじゃないけど、ボールを預けれる存在で言うと。俺は日本で一番のFWと言ったら、釜本さんって思っとったけどね。

 上田のすごさ? 強い、強いよ。シュート力も。ヘディングあんな上手いとは思わんかったけど。そんなんもできるんやって思ったよ。

 ワントップで出るのも、体がむっちゃ強くないといけんしね。やっぱ収めれんしね。それで4年前は収まらんくて、悔しいって言って、それで収まるようになるんや、4年でね。やっぱ、すげえよね。

 あ、もう、レベルが上がってるんやって思った。今日の試合見て。

 スウェーデン戦はもっとボールが来ると思う。それで、そういうの(自分らしいプレー)を出し続ければ、チームは絶対上の方に行けるよね。レベルがもう1個上がるんじゃないんかね。

 本人もレアルとかバルサ行けるんじゃないの。まだ27歳やし。

 でも、上田が良かったのは別のやつのおかげでもあると思うんよ。最終ラインの3人よね。

■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo

 1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。日本代表・森保一監督(当時選手)とは7年プレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。2024年2月、初孫が誕生。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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