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「正直、収穫はなかったんじゃないの、何にも」 代わり映えのない日本に久保竜彦が入れた愛の鞭

ピッチでは見せないような笑顔で日本の試合に興奮する久保【写真:荒川祐史】
ピッチでは見せないような笑顔で日本の試合に興奮する久保【写真:荒川祐史】

今も記憶に残る現役時代の「ひどい負け」

 俺も現役時代にひどい負けがあったよ。

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 一番は広島の時にジュビロにボール触れんで負けた時かな。ドゥンガ、スキラッチおって。高原、中山さん、藤田さん、すごい時よ。びっくりした。日本代表でフランスとやった時なんかも絶望したけど。怪獣とやっとるみたいやったもんね。

 はーって思ったよね。(気持ちが)下がりすぎてね、何もできんじゃけえ。でも、それが(後のキャリアに)生きたのかはわからんね。次のW杯はどうやるんやろ。遠藤の年齢(次回大会は33歳)もあるし、どうなるのか。難しいね。でもそういうもんやね、サッカーは。

 ドキドキしたけどね、今日は悪い意味でドキドキした。しょうがない。伊東がいないのも痛かったよね。

 上田はどんなFWになるかなっちゅうのは楽しみやし。2列目はたくさんおるし、毎熊も楽しみよね。今日はキツそうやったけど、ずっと続けて出るもんね。ただ、毎熊はやっぱ伸びそうな気がするよね。何か勘がいいよね。そんな感じがする。

 今大会、楽しかったよ。サッカーはみんなで観るとね。

 決勝、優勝して朝まで飲みたかったけどね。悔しいこともないとね、つまらんから。いいことばかりじゃなくてね。でも(観戦しながら)酒、飲みすぎやったな。もうすぐ、W杯のアジア予選があるんやろ。楽しみよ、また日本を応援するよ。

■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo

 1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町出身。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。森保監督(当時選手)とは7シーズンプレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。今月、初孫が誕生予定。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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