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「後ろでアイツが仕事してたよ、効いとったもん」 3得点快勝の日本で久保竜彦が見逃さない陰の立役者

バーレーンを観戦する久保竜彦【写真:荒川祐史】
バーレーンを観戦する久保竜彦【写真:荒川祐史】

デサイー、テュラムを思い出し「冨安はそれだけ怖さを与えられる、アジアでは」

 そういうセンターバックで思い出すんは(日本代表として対戦したフランス代表の)デサイーとかテュラムよね。あいつらずっと声出しとったもんね。

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 あんなにテカくて、すごいのに『ライト!』『レフト!』って声出しながら。(ラインの)アップダウンもしっかりやっとったし。あれだけ動物的な(身体能力が武器の)選手なのに、ずっと声を出して。もちろん、動物的な動きで、バーンと来る時もあるんよ。

 W杯やヨーロッパで優勝するようなやつやし。何の隙もない。入場する時から上から睨まれて「お前に何ができるんだ」って言われて。身体能力はもちろんで、それでも声を出して、統率して90分間切らさず、ロスタイムだろうがなんだろうが試合終了まで続く。

 もう、そういう相手には何もできんよね。

 冨安はそれだけ怖さを与えられるものがあるんじゃないの、アジアの中ではね。

 そういう息苦しさはバーレーンのFWも感じとっただろうし。1人入るだけで(日本に)ピリッとした感じが出る。(そういうDFが)あと1人おったらもっと安定するやろうし、それが欲しいんやろうね。優勝するならそこ(DFラインに)に4人おるやろうし。

 ただ、三笘もすごかったな。あのドリブル、あの股抜きのパス。いやあ、驚愕よ。なんか、オランダのアイツを思い出したよね。

(第2回に続く)
 
■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo

 1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。森保監督(当時選手)とは7シーズンプレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。今月、初孫が誕生予定。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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