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サッカーへの未練断ち切った2年間 元Jリーガー中村亮、中学教員を経験して訪れた転機

ピュアな中学生たちと向き合った「幸せな時間」

 引退後の約2年間は、横浜の公立中学校で体育の先生を務めた。毎日「目がキラキラと輝くピュアな生徒たちと向き合うのは幸せな時間」で、すっかり傷心が癒されパワーをもらい、教育現場に携わる歓びも実感した。とりわけ元Jリーガーは、やんちゃ坊主たちに圧倒的な人気を集め、「逆に固めの優等生たちからは睨まれたかな」と笑う。

 こうして充実の日々を過ごしたからこそ、中村は「もう一度、自分を主役にしてチャレンジして、これから生き抜いていく術を探したい」と考えた。サッカーを職業にするのには20年間近い歳月を要したのだ。その後の長い人生を懸ける武器が、そう簡単に見つかるはずがないと思った。

 辿り着いた結論は、一念発起して米国留学を目指すことだった。(文中敬称略)

【第1回】プロ2年目で戦力外→8年後「社長」に 元Jリーガー中村亮が米国で見出した第二の人生

【第3回】サッカーで「劇的に伸びた」英語力 元Jリーガー中村亮が米国で起業を決意した瞬間

【第4回】サッカー以外に武器はあるか? 元Jリーガー社長が語る引退後の進路選択で大切なこと

■中村 亮(なかむら・りょう)

 1981年8月13日生まれ、兵庫県出身。長身サイドバックとして滝川第二高校で頭角を現すと、98年度の全国高校サッカー選手権でベスト4に進出。鹿屋体育大学でも活躍し、2003年には大学選抜の一員としてユニバーシアード大邱大会で優勝した。04年にFC東京へ加入するも、怪我の影響によりJリーグのピッチに一度も立つことなく05年限りで引退。その後は中学校での教員生活などを経て、米国へ語学留学した。自身の現地での経験から起業を思い立ち、現在は株式会社WithYou代表として、日本から米国へのサッカー留学をサポートしている。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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