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ドラフト指名漏れの裏にある物語 野球とアメフト、2つの甲子園に立った青年の「10.20」

甲子園ボウルでタッチダウンを決めた早大アメフト部時代の吉村【写真:本人提供】
甲子園ボウルでタッチダウンを決めた早大アメフト部時代の吉村【写真:本人提供】

高校野球の3年間がなければ今の自分はないし、大学アメフトの4年間がなければ今の自分はない

 出会いから1年3か月。今年8月に取材した時、彼は独立リーガーになっていた。

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 クラブチームを経て、今年1月に徳島インディゴソックスに入団。「本気でプロを目指す1年間にする」。よりレベルの高い環境を求めた。しかし、9年連続NPB選手を輩出している独立リーグ屈指の強豪。実戦経験も少なく、「速い球を投げるだけの人」(吉村)はキャンプでチームメートにボコボコに打たれた。

 生活も楽ではなかった。家賃4万円の1Kで初めての一人暮らし。給与も恵まれたものではない。スーパーでは値上がりする野菜とにらめっこ。朝晩、納豆ご飯でしのぎ、体重も2、3キロ落ちた。再会がてら食事をご馳走すると「久しぶりにお腹いっぱい食べました」と真っ黒に日焼けした顔で頭を下げられた。

 その時、彼は「本当に今は生きるために稼いでいる感じですね」と笑って言った。

 早実野球部と早大アメフト部の出身、2つの競技で「甲子園」を経験し、理系出身でもある。異次元の「ガクチカ(「学生時代力を入れたこと」の就活用語)」を持ち、望めば誰もが羨むような一流企業への就職もあっただろう。実際、高校・大学の同級生には、テレビ局や商社などの大手企業に勤めている者もいる。

 ただ、本人は「今しかできないことだし、僕しかできないこと。良い経験ができている」と言い、置かれた環境を楽しんでいた。

吉村は異色の挑戦に「後悔はない」と言う【写真:球団提供】
吉村は異色の挑戦に「後悔はない」と言う【写真:球団提供】

 7月に先発デビューすると、そこから3連勝。最速150キロの直球のみならず、実戦の中で磨いたカットボール、フォークなどを武器に、投手としての総合力を上げた。実際、複数球団のスカウトが吉村の登板をチェック。夢への距離はゆっくりではあるものの、少しずつ近づいている手応えはあった。しかし――。

 10月20日、午後8時10分。チームメートが3人指名されたのをよそに、吉村の名前が呼ばれることはなかった。

 冒頭の電話の第一声。「1年間、一緒に戦った仲間が3人も指名されて凄く嬉しかったし、それぞれに思い出のある選手なので感動しました」。仲間の指名を何よりも喜んだ。そして、自分の結果に悔しさを滲ませながら、どこか清々しさを感じさせたのは、自身の選択と、その道で全力を出し切った自負があるからだろう。

「高校野球部の3年間がなければ、今の自分はないし、大学アメフトの4年間がなければ、今の自分はない。アメフトをやったから新鮮な気持ちでもう一度、野球に取り組めたし、野球の常識も疑って取り組めた。この1年間、毎日を全力でやってきた。1日も妥協せず、毎日すべてやり切った最高の状態でベッドに入ろうと、それを目標にしてやり切った。24歳になる年で初めてドラフトを目指すのはハンデかもしれないけど、僕としてはアメフトを4年間やってきたことが武器になりました」

 前例のない挑戦は、その挑戦自体に価値があると語られることがある。吉村もそうだった。24年間の2年と考えれば大きいが、80年、90年間の人生の2年と考えれば、そう大きいものではない。しかし、それを嫌った。「大人の方はそう言ってくれても、絶対に『良い経験だった』で終わらせたくなかった」と悔しがった。

 それほど、人生を懸けたNPB挑戦は今年限りと決めていた。今後は大学院の修士論文と向き合いながら、クラブチームなどで野球を継続するか、企業への就職活動をするか、検討していく。何かと「多様性」が叫ばれ、常識を壊し、価値観のアップデートが求められる今の時代を象徴するチャレンジでもあった。

「スポーツの分野でパイオニアになりたいと思ってチャレンジを続けてきた。自分はプロにはなれなかったけど、僕より身体能力が高い人はたくさんいる。そういう人が考える力を身につけ、新しい挑戦をしてくれたら面白いと思います。僕なんかでも影響を受けてくれる人がいて、例えば、早実野球部から早大アメフト部に入る選手もいるんです。チャレンジをする人がいるから、影響を与えられる。僕自身はこれから人生のパイオニアになることを目指して、チャレンジを続けたいです」

 ドラフト直後、指名を受けた選手たちの夢が多く語られた記事をメディアは掲載した。

 一方で、メディアは指名漏れのリストも並べた。多くは名前のみで、コメントはない。しかし、その一人一人には、語られることのない感情とストーリーがある。

 吉村優は生涯、忘れ得ぬ「10.20」を過ごし、また新たな人生を歩き始めた。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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