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松田直樹は「他人を認めずにやってきた」 天性の負けず嫌いが示すサッカー育成の真理

反骨心と緊張感を持っていたから「成長できた」

 必然的に、子供自身の特性が大事になる。集団の中で自分を生かせるか。一日一日が、その学びだ。

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<自らが決断し、一歩を踏み出す>

 その点で能動的アクションをできる子供は、爆発的な成長を見せることがある。

 例えば本田圭佑、長友佑都などは地元のユースで門を閉ざされても、県外の高校に進学し、そこから自ら道を作った。自分の足りないところや伸ばすべきところに徹底的に向き合う一方、挫折に対する耐性も養っていた。そしてそれは、プロで活躍する選手が通ってきた試練である。

「俺は負けるのが許せないし、だからこそプロの世界でも生き残ってこられた」

 Jリーグ史上最高のDFの1人である松田直樹は生前、そう語っていた。

「自分は運が良かった。高校の頃から、世界の強豪と戦う機会をもらって、そこで“少しでもミスをしたらやられる”という感覚を養えた。怖さを肌で感じて、ビビったこともあったけど、それよりもむかついたし、燃えずにはいられなかった。カヌー、ラウール、アネルカ、ロナウド……こいつらに負けねぇぞ、という反骨心と緊張感を持っていたから、成長することができたんだと思う」

 その言葉は、サッカー育成における真理だろう。自分が打ちひしがれるような敵を求めて食らいつき、トレーニングに打ち込み、不屈の再戦を挑む。一時の喜怒哀楽だけでなく、負けたくない、という思いを忍耐強く持ち、自らを追い込み、乗り越えられるか。

 少年時代から、松田はほとんど性質的にその才能に恵まれていた。

 松田は高校時代にFWからセンターバックに転向している。当初は、ヘディングの競り合い一つをとっても苦労したという。ジュニアユース代表候補に選ばれたが、素質が買われての選出だったことで、慣れないプレーが妬まれることもあった。周りからしたら、面白くなかったのだろう。しかし彼は全力で自分のやるべきことに集中した。

「他人を認めずにやってきた」

 松田はそう言っていたが、その偏屈さを厳しい鍛錬に置き換えることができた。そして日々の練習に必死に食らいつき、やがてディフェンスとしての感覚を身につけるようになった。もともとステップ、跳躍力、ターンの速さなどは非凡で、体躯や運動能力に恵まれていたのだ。

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小宮 良之

1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。

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