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「浦和でレッズが宝物になった瞬間だった」 元日本代表FWが目撃した涙の決勝ゴール

エースの福田が決めた史上最も悲しい決勝ゴール

 93年のJリーグ草創期から下位に低迷して来た浦和は、98年セカンドステージで原博実監督の下で3位に躍進した。翌99年は、いよいよ初優勝の声も出て期待が高まっていた。ところが序盤から守備の綻びが目立ち、前半戦を終えて原監督が解任される。後任にはアヤックスなどでの指導歴を持つア・デモス監督が就くが、降格ゾーンから脱出し切れないまま最終節を迎えた。

 最終戦は“聖地”駒場でのホームゲーム。浦和は、ここでの最終戦で負けたことがなかった。だがア・デモス監督は、この大切な試合でチーム得点王の福田正博をベンチに置いたままスタートする。結局90分間では広島に勝ち切れず、この時点でJ2への降格が決定。当時は延長Vゴール方式が採用されており、悲嘆にくれたまま浦和の選手たちは延長戦に臨み、途中交代でピッチに立った福田のゴールで決着をつけるのだった。日本サッカー史上、最も歓びのないゴールだったかもしれない。

 ファンは選手たちとともに涙を流した。そしてその分だけ、復活を遂げ8年後にアジア王座に就いた時は、歓喜を爆発させた。森山の言葉は、おそらくそんな一体感を表現していたに違いない。

 浦和が10年ぶりにAFCチャンピオンズリーグ決勝へ進出した今、奇しくも森山は埼玉スタジアム近隣の浦和学院を指揮している。一方で、あの時所属していた広島は、痺れる終盤戦を迎える立場に回っている。

(文中敬称略)

【了】

加部究●文 text by Kiwamu Kabe


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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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