「指導者が過保護になっている」 野口みずき、履き違えた「脱・根性論」に呈する疑問
自分で悩み、考えることが大切「一般企業でもそうですよね」
スパルタ指導が減り、スポーツの現場に「厳しさ」の要素が薄まってきた反面、精神面で大人になりきれない現代っ子に懸念を抱く。野口さんは例を挙げて説明した。
「例えば実業団に入ったのに、自分が思っていた指導者じゃなかったから辞めるとか。他のチームに移る時、自分で次のチームに声をかけるのではなく、先生にまず相談する。卒業して先生の手から離れたのにまだ頼っている。私は『それは弱いなぁ』と思います。ずっとすがりつくのはどうなんだろう、先生も手を差し伸べてあげるのはどうなんだろうって。
手を差し伸べて選択肢が増えることはいいことですが、甘やかしているだけだと感じます。どれだけでもいいから悩んで、悩んで、自分で考えるべきです。それを誰かにやってもらってラッキーだと思うのは、中身がない気がします。それだと、またすぐに辞めちゃうんじゃないかな。指導者は、ぐっと堪えて厳しくする方が選手にとってはいいのかなと思います」
自身は高校卒業後に強豪・ワコールに入社したが、「自分で悩んで、自分で考えた」と1年半で退社。4か月間、ハローワークに通って雇用保険の求職者給付を受けながら競技を続けた。至れり尽くせりだった実業団の寮生活から、食事、洗濯など全てを自分でこなす生活に。厳しい環境の中でも「自分で考える」を大切にしてきた。
「プロ意識が芽生えて、体重コントロール、栄養のこともしっかり考えるようになりました。お金をいただいて自分の好きな競技をやらせてもらえる。だからこそ、しっかり自分の体と向き合う必要があります。『(体重は)数字だけじゃない』と、意識を変えてからビックリするくらい自己記録を塗り替えることができました。
監督や名アスリートなど凄い人に言われたからやるのではなく、自分で理解した上でアスリートとしての知識を得ないといけない。もっともなことを人に言われても、すぐに忘れてしまう。それよりも自分で理解し、意識を持ってやる方がいい。憧れの人の話も大事ですが、それ以外の分野にも目を向けて、陸上と関係ないスポーツでも結びつけるように自分で考えることが大切です。
おそらく一般企業でもそうですよね。雑用ばかりで言われたことしかできないのではなく、何を言われてもいいから自分の発想で思いついたことを上司に投げかけていく。それが自分の力をどんどんプラスにしていくと思います」
「脱・スポ根」と「甘やかす」は違う。決してスパルタが正しいと言っているわけではない。もちろん、適切な厳しさを持って接する指導者はたくさんいる。
ただ、アテネ五輪で金メダルを手にしたランナーは今、未来を危惧している。「昔の考えが全ていい、今の考えが全ていいとは思わないです。半々の考えがあっていい。今は凄くハングリーな、気持ちの強い子が少なくなってきたと思いますね」。昔と今、良きものを未来に繋いでいく必要がある。
■野口みずき/THE ANSWERスペシャリスト
1978年7月3日生まれ、三重・伊勢市出身。中学から陸上を始め、三重・宇治山田商高卒業後にワコールに入社。2年目の98年10月から無所属になるも、99年2月以降はグローバリー、シスメックスに在籍。2001年世界選手権で1万メートル13位。初マラソンとなった02年名古屋国際女子マラソンで優勝。03年世界選手権で銀メダル、04年アテネ五輪で金メダルを獲得。05年ベルリンマラソンでは、2時間19分12秒の日本記録で優勝。08年北京五輪は直前に左太ももを痛めて出場辞退。16年4月に現役引退を表明し、同7月に一般男性との結婚を発表。19年1月から岩谷産業陸上競技部アドバイザーを務める。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)